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決まった香りのこの場所で。

ドアを開けるとカランコロン。
まばらと言うには人が多く、会話が混ざって聞こえる程度。しかし、ところどころに空席が散らばっているのも目に入る。表すのに言葉が見つからない、中途半端な人の数だが、でもまだ見当たらない。

どの席に座ろうかと考えていると、またもやベルがカランコロン。
聞き慣れているはずなのに、心臓が一瞬跳ね上がる。
客か、いや客ではないはずはないが、何だ誰だと思ってしまう。
臆病な性格は昔からで、いささかなことにも体が反応する。怖い、そういう感情ではない。不安に似た何かだ。いつ来るだろう。

席に座って、少し優しくカランコロン。
音に目が移って、すぐ戻る。音が違う、なのに見てしまうのは前述の通り。
テーブルに腕を置いて、とん、とん、とん、と一律に指を机上に当てる。自分でしているのに、その動作が苛立たしい。すぐに止める。
自分が発する音に対して、苛立ちを覚えることがある。決まってこの店に来たときで椅子を引きずって耳に嫌に響く音。頭を掻いて、かりっ、かりっ、とする音。ときに、空気を吸って、息を吐く音が苛立たしい。来る前に落ち着こう。

ベルが鳴る。その前に見てしまう。
ドアを開けて入ってくる。心臓がどくどく跳ねる。
こっちに近づいてくる。心臓の音に苛つく。
席に座る。思考が止まる。

「それで、なんでいつも店に呼び出したの?」

気づかなかった、ポケットに入った小さな箱。
出会ったこの場所で、紅茶の香りがするこの場所で、彼女に伝える。

10/28/2023, 7:24:14 AM