君の奏でる音楽
どこの誰が奏でているのか知らないけれど、俺はその音楽に身を委ねる。
リズムに乗って身体を動かしていく、リズムに乗って心を踊らせていく。
不特定多数の多くの音楽、多くの場所で、音楽に身を委ねる。
そうやって身を委ねていると、どこにでも行けるんだ。どんな気分にもなれる。行ったことのない場所にも行ったような気になって、体験した事もないような事も体験したように感じれる。
たまにこうやって気分転換するのは、とても心地よいね。コロナで全然気分転換出来なかったからさ。このくらいの我が儘許してよ、君の我が儘も許すから。
12
麦わら帽子。
それはおばあちゃんがサングラスとセットでよく被っていたもの。
そして、俺にとってあの日を思い出させる格好。
俺は昔、アイデンティティクライシス、つまり自分がなんなのか分からなくっていた時期があった。
それで、夏休みともあって、家出同然におばあちゃん家に行ったのだ。ともかく両親から、学校から何もかもから逃げたくて。
おばあちゃんは畑仕事中で、いきなり来た俺を何も言わず歓迎してくれた。
焦って、悩んでいる俺を、おばあちゃんはいつも、一緒に畑仕事やるかい?って言って気分転換させてくれながら見守ってくれていた。
そうしているうちに、おばあちゃんに趣味を理解されないだって吐露して、年上の仲間が出来て、単純な事に気付いたんだ。
俺は、ただ俺の趣味を否定しない、一緒にやってくれる仲間が欲しかったんだって。なんだ、始めから相談してみるんだった。怯えなくていいじゃん。
蝶よ花よと子供を可愛がるというけれど、俺は蝶よ花よと世界を愛してる。
まだ見ぬ世界。地元だけでも行ったことがない場所があって、日本だけでも行ったことがない県がある。
そこには何があって、どんな人がいるのだろうか?どんな食べ物があるのだろうか?季節ごとに違う表情があるけれど、全てを見てみたい。
それに海外にも行ってみたい。本には、日本では考えられないような文化が書いてある。
俺はそれを自分の五感で感じたい。
四季がない気候って?凍るほど寒いって?お弁当を作らないって?上下関係がないって?
それ、どんな感覚なんだろうか。
分からなくて、ワクワクするものが一杯ある。だから俺は世界を蝶よ花よと大事にしたい。
10
俺は最初から決まってた、という言葉が嫌いだ。
なぜなら、俺の苦痛や悲しみ、辛い事は全部始めから決まってて、そこから努力して必死に這い上がった事が、俺の努力と無関係に決まっていたみたいじゃないか。
俺はそんなの認めない。もし、決まっていたというのなら、わざわざ苦痛の渦に叩き込まなくても良いじゃないか。どうして俺を、友人を、苦しめた。決まっていたというのなら、俺が這い上がるのは予定調和なのか。
でも、決まっていた、は嫌いだけど、偶然は好きだ。
偶然親友と出会えた、偶然いい本に出会えた。偶然には運任せって所はあるけど、運だからこそ、良いことも悪いこともすんなり受け入れられるから。なにより、上から目線じゃないのが良い。
9
太陽
俺にとって太陽が出ている時間帯は、眠くて体が重い時間帯だ。
自分でもどうしてなのか分からないのだが、夜の方が体が軽くて楽なのだ。
だが、残念な事に夜更かしはできない。なんてたって親が2段ベットの下で寝ているのだ。本当は妹が眠る場所なのだが、嫌がって父親と眠る場所を交換している。
まあそれで諦める俺じゃない。それに、外で猫の友達が待っている。ちゃんと去勢された地域猫だ。俺はムンと呼んでいて、いつも一緒に縄張りをパトロールする。
ムンが歩く場所はとても広範囲で、街灯がない場所もザラだ。おかげで俺は毎日ハラハラする。
でも、こうしてムンと歩いて、月を見たり、星を見たり、草むらを通ったりしていると、どんどんしがらみから解き放たれていくようで、俺にとって太陽みたいに輝かしい時間なんだよ。
でもこの事は俺とムンだけの秘密だ。なんてたってバレたら親に怒られて、ムンとの散歩を禁止されてしまう。それだけは絶対になってほしくない。
まあ、暗闇とか小道とかに行くのは勘弁してほしいけどな。
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