化粧もそのままにソファに体を投げ出す。
今日の先輩の一言が耳から離れない。
自分に非があるのも確かだが、それでも腑に落ちず、帰りのバスでも堂々巡り。
――わたし
「バカみたい」
ふと口から漏れた言葉は、しんとした部屋に散霧する。
ぼんやり天井を見つめていると、LINEの着信音が鳴った。
――母からだ。
話す気分でもないが、無視するのも気が引ける。
ソファに倒れたままで通話ボタンを押す。
「元気にやっとる?」
聞こえたのは、母のいつもの明るくハキハキした声だ。
「あ、うん。元気。今仕事から帰ったとこ」
沈んだ声を出すつもりはなかったのに、普段の声のトーンより幾分も沈んだ声になってしまった。
わたし女優には絶対なれないな…なんてどうでもいいことを考える。
「……なんかあったの?」
もともと人の心の機微には疎い方だろうに、やっぱり母親だなぁ、とこっそり感心する。
「ちょっと仕事で行き詰まるというか…悩んでてね。落ち込んでるのかも」
吐き出したところで、母がなにかできるわけでもないことは分かっているが、話せずにはいられなかった。
「あんたは昔っから不器用なとこあったけど、努力家で一生懸命なの知ってるからね。あんたなら大丈夫よ」
ご飯は食べれているのか、夜は眠れているのか、やれあの薬が効くだとか、理由を聞かれて、上手くやれないのは私の努力が足りないからだと指摘されるとばかり考えていたのに――かけられる言葉は私の身を案じ、そして信じているよという母の思いだった。
もともと自分に自信がある方でもないし、人より長けているところもなかった。
けれど、母が信じている、私なら大丈夫だと、幼い頃から見守っていたからこそかけてくれた言葉が、嬉しくて。
「母さん、ありがとね」
私は私にできることを精一杯やろう。
それでいいんだ。
「…さ、夕飯作らなきゃ。母さん、またお話聞いてね」
こんな事で落ち込んでいるなんて――
「バカみたい」
ジリリリリ――
目覚まし時計の音を鬱陶しく思いながら、むくりと体を起こす。
時計の針は朝9時を指している――今日は日曜だ。
ベッドから下ろした足から冷気が伝わってくるが、さして気にも留めず窓に向かい、カーテンを開けた。
薄暗い部屋に一気に光が入り込み、思わず目を細める。
――雪だ。
都心から1時間程車を走らせると、山の麓に古い家々が立ち並ぶ田舎道が続く。
そのうちの一軒家。車を停め、カラカラに干上がった池のある庭を通り、玄関の引き戸を開けた。
「来たよ」
靴を脱いでスリッパに履き替え、リビングを通って左手にある部屋へ入る。
お土産に持ってきたお菓子を差し出した。
「今日すごく寒くって、ここまで来るの大変だったよ」
「お母さんは仕事のつき合いで来れないんだって。
――私しか来れなくてごめんね、ばあちゃん」
時々車が近くを通る音のみがする静かな空間。
あたたかな陽光が差し込む畳部屋の一角、目が合う。
柔らかに笑う祖母は、記憶の中の彼女と変わらないーーよく撮れている写真だ。
大好きな祖母の命日。
線香の香りを感じながら安らかでありますようにと祈る。
幼い頃から行事の度にこの家で時を過ごしてきた。
夏には、空が暗くなりはじめる時間から酒やジュースを持ち寄り、庭で肉やら野菜やらを焼いて花火を楽しんだ。
冬には身を寄せ合い鍋を囲って、たあいもない話に花を咲かせた。
今は主なき古ぼけた家で――――ただ思いを馳せる。
「二人ぼっち」