化粧もそのままにソファに体を投げ出す。
今日の先輩の一言が耳から離れない。
自分に非があるのも確かだが、それでも腑に落ちず、帰りのバスでも堂々巡り。
――わたし
「バカみたい」
ふと口から漏れた言葉は、しんとした部屋に散霧する。
ぼんやり天井を見つめていると、LINEの着信音が鳴った。
――母からだ。
話す気分でもないが、無視するのも気が引ける。
ソファに倒れたままで通話ボタンを押す。
「元気にやっとる?」
聞こえたのは、母のいつもの明るくハキハキした声だ。
「あ、うん。元気。今仕事から帰ったとこ」
沈んだ声を出すつもりはなかったのに、普段の声のトーンより幾分も沈んだ声になってしまった。
わたし女優には絶対なれないな…なんてどうでもいいことを考える。
「……なんかあったの?」
もともと人の心の機微には疎い方だろうに、やっぱり母親だなぁ、とこっそり感心する。
「ちょっと仕事で行き詰まるというか…悩んでてね。落ち込んでるのかも」
吐き出したところで、母がなにかできるわけでもないことは分かっているが、話せずにはいられなかった。
「あんたは昔っから不器用なとこあったけど、努力家で一生懸命なの知ってるからね。あんたなら大丈夫よ」
ご飯は食べれているのか、夜は眠れているのか、やれあの薬が効くだとか、理由を聞かれて、上手くやれないのは私の努力が足りないからだと指摘されるとばかり考えていたのに――かけられる言葉は私の身を案じ、そして信じているよという母の思いだった。
もともと自分に自信がある方でもないし、人より長けているところもなかった。
けれど、母が信じている、私なら大丈夫だと、幼い頃から見守っていたからこそかけてくれた言葉が、嬉しくて。
「母さん、ありがとね」
私は私にできることを精一杯やろう。
それでいいんだ。
「…さ、夕飯作らなきゃ。母さん、またお話聞いてね」
こんな事で落ち込んでいるなんて――
「バカみたい」
3/22/2023, 8:21:57 PM