ヒロ

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2/8/2024, 9:18:15 PM

笑えない。
ちっとも笑えない。
この仕事を一体何だと思っているのか。

医療従事者も云わば接客業。
体の不調の悩みを受け止めて、心身を癒すお手伝いをする。
安心·安全な医療を提供するために、集中力と笑顔は欠かせない。

それなのに、医療スタッフ側が自分の不調に任せて不機嫌を振り撒くなど言語道断。
スタッフ相手だけでなく、患者さんにもそれを見せるなんて、一体どういう了見か。
しかも貴方、その件でクレームも頂いたことがあるでしょう?

名指しで対応禁止を頂戴して、担当交代まで希望された方も何名かいるのに、まったく懲りない阿呆である。
指摘すれば、僕は機嫌悪くも不調でもありません?
一体どの口が言う。
違うと言い張るのであれば、周りに影響出ているその不遜な態度は何なのか。
同じ薬、同じ治療でも、プラセボ効果という言葉まであるように、受け取り方次第で効果が変わることはままに有る。
科学も発展し医療技術も進めども、人体は未だに不可思議、神秘の事象。
大袈裟だと貴方は鼻で笑うけれど、相手のことを思わずに医療は成り立たない。
こちらの一挙一動で、余計な影響を与えてはいけないのだ。

そんな理屈も分からずに、同じ医療従事者を語るなど片腹痛い。
これっぽっちの興味も無いけれど、一体何のためにこの業界に入ったの?
気分屋なノリには付き合いきれない。
フォローする周りの身にもなれ馬鹿野郎。

然らばせめて、私は笑いましょう。
仮面などではございません。
皆さまの健康を守るために。
心からのスマイルでサポートを。

さあ。今日も今日とて、お仕事です。


(2024/02/08 title:006 スマイル)

1/10/2024, 7:51:32 AM


大口開けて、一口がぶり。
「あ、それ……」
偶然見付けたクッキーにかぶりついた。その絶妙なタイミングで誰かが帰ってくる。
小さな声に振り向くと、居間の入り口で呆然と佇む弟と目が合った。その目は涙目だ。まさか。
「後で食べようって、思って、た、のに」
「ええっマジで! ごめん!」
嫌な予感は的中した。妙な場所にあったのは、弟なりに隠してあったという訳か。
よっぽどショックだったのだろう。
抱えていたサッカーボールは弟の腕をすり抜けて、廊下の向こうへ消えて行った。それにも全く気付かずに、弟は俺の手元を凝視している。
もう少し小さな一口にしておけば良かった。そうすれば半分ことも言えたのに、さっきの一口が悔やまれる。
クッキーはこの一枚で最後なのだ。
「のっ残り、食べる、か?」
申し訳無さと後悔でいっぱいで、三日月型とも呼べないほどに小さくなったクッキーを、苦し紛れに差し出した。
案の定、それは逆効果。
寧ろ止めを刺してしまった。
弟はついに泣き出す。
「兄ちゃんの馬鹿ー!」
「本当にごめん!」


(2024.01.09 title:005 三日月)

1/6/2024, 9:20:42 AM

『――本日の太平洋側は冬晴れとなり、穏やかな暖かさで過ごしやすい一日となるでしょう。続いて、向こ』
「よっし! オッケー」
知りたかった情報は手に入った。
天気予報はまだ続いていたが、もう用はない。
素早くテレビの電源を落として、出勤前の準備に戻った。

今日は待ちに待った、推しのコンビニくじ販売初日。取扱い店舗の下調べはばっちりだ。
惜しむらくは、まだそこまで人気が高くないために、開催店舗が限られていること。
幸い勤め先の近くで扱ってくれるコンビニを見付けたが、休憩時間を使って行くにはやや遠い。
お昼を速攻で済ませて向かえばギリギリ往復できるが、この冬の寒さの中を移動することに、少し躊躇いがあった。
けれども、その心配も杞憂に終わったようだ。
どうやら天気の神様も、私のプチ遠征を応援しているらしい。
今聞いた天気予報と、アプリで得た一時間ごとの変動を見るに、この気温なら、寒がりの私でも耐えられる。
今日は絶好のくじ日和だ。
朝の支度も終わり、家の扉をがちゃりと閉める。
いつもは億劫な朝の時間も、心なしか足取りが軽い。
折角早起きしたのだ。道すがら、評判のパン屋へも寄って行こうか。
お昼ご飯に買うのは、勿論人気のカツサンド。
担げる験は担ぐのだ。
「目指せ、A賞ゲットだぜ!」


(2024.01.05 title:004 冬晴れ)

1/5/2024, 9:58:33 AM

学生時代に聴いた言葉で、未だ印象的なものがある。
学期末ごとに控えた試験さえなければ、聞き流すことも多く、板書を追うばかりだった倫理の授業でのこと。
先述の通り、さして興味も薄く聴いていたものだから、一体誰の名言だったのか。偉人の名前をとんと思い出せないのがお恥ずかしい。
それでも、分かりやすく噛み砕いて教えてくれた恩師の言葉の一節だけは今も覚えている。

人生とは、例えるなら錆び付いた指輪である。
錆が多く、辛く苦しいことが多くとも、一瞬でも光り輝く、宝石のような幸せな時間があるのであれば、その人生は輪を巡って、何度でも繰り返す価値のある有意義なものである。

かれこれ十年以上も前のことなので、恩師の言葉も、そもそもの偉人の言葉としても、ニュアンスや意味までもが曲がってしまっているかもしれない。
そうだとしても、
困難にあるとき。
悩み立ち止まるとき。
度々思い返すもののなかに、この言葉がある。
学生の頃はここまで記憶に残るとは夢にも思わなかった。

きっとこれからもこの言葉を思い出し、また道しるべを貰うのだろう。
願わくば。忘れてしまったかの偉人の名を、いつかまた知りたいものである。


(2024.01.04 title:003 幸せとは)

1/4/2024, 10:12:16 AM

「早く早く! もっとスピード出せないの、急いでよ!」
「やかましい! 折角迎えに来てやったのに贅沢言うな! 安全運転で我慢しろ!」
「そんな~。僕死んじゃうよ~」
明け方迫る町中の公道を、俺たちを乗せた小さな車が家路を急ぎ走っていく。
走行音は至って静かだが、腹の虫が収まらない俺のせいで、車内は喧々囂々とした言い合いが続いている。
メソメソする女々しい相棒をミラー越しに見やり、これ見よがしに舌打ちをしてやった。
「だいたい、おまえは吸血鬼って自覚がなさ過ぎんだよ! 何で普通に明け方までどんちゃん騒いでんだ。ちゃんと終電前に帰って来いっていつも言ってんだろ! 忘れてんじゃねーよ!」
「だって、皆と飲むのが楽しすぎるんだもん!」
「それで帰る足なくしてりゃ世話ねえよ! シンデレラ見習え馬鹿! 」
「ごめーん」
本当に反省してんのか。言いたいことは山とあったが、全部のみ込んでため息だけを吐き出した。
何でコイツを相棒にしてしまったのか。
人外と分かっていながら拾ってやった辺りから、もう俺の運は尽きていたのだろう。
役に立つこともあるが、何せ手間がかかってコスパが悪すぎる。今日なんかが良い例だ。
まあ、俺のお人好しな性分も大概なのだが。いつかそれが祟って身を滅ぼす羽目になりそうだ。
「それで? たっぷり遊んできたんだ。ちゃんと収穫はあったんだろうな」
「そこは任せて! バッチリ情報収集してきたよん」
「当たり前だ。そうじゃなかったら車から放り出してるわ」
「こ、怖いこと言わないでよ。君なら本当に置いて行きそうだ」
そう言って奴はぶるりと震え、後部座席で小さくなった。
おいおい。真夜中に呼びつけられて来てやったのに、こっちが悪者か?
まったく、世話が焼けるったらありゃしない。
「我が儘言ってんじゃねえ。帰ったらキリキリ働けよ」
「はーい」
聞き分けの良い返事に、呆れてため息で返す。
街灯に照らされ、カーナビの時刻が目に留まる。
散々文句を言ってやったが、幸い夜明けまでまだ時間は残っているようだ。
これなら日の出前に無事に連れて帰れるか。
赤信号で停車し、うんと伸びをして凝りをほぐす。
中途半端な時間に叩き起こされて腹も減った。
帰ったらまず早めの朝飯にしよう。
仕方がないから、おまけで酔っぱらいの阿呆の分も添えてやる。
独りで食べたら、十中八九ふて腐れるに決まっているから。
奴の膨れた顔を思い浮かべ、後ろに気付かれないよう、こっそり笑った。


(2024.01.03 title:002 日の出)

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