ヒロ

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大口開けて、一口がぶり。
「あ、それ……」
偶然見付けたクッキーにかぶりついた。その絶妙なタイミングで誰かが帰ってくる。
小さな声に振り向くと、居間の入り口で呆然と佇む弟と目が合った。その目は涙目だ。まさか。
「後で食べようって、思って、た、のに」
「ええっマジで! ごめん!」
嫌な予感は的中した。妙な場所にあったのは、弟なりに隠してあったという訳か。
よっぽどショックだったのだろう。
抱えていたサッカーボールは弟の腕をすり抜けて、廊下の向こうへ消えて行った。それにも全く気付かずに、弟は俺の手元を凝視している。
もう少し小さな一口にしておけば良かった。そうすれば半分ことも言えたのに、さっきの一口が悔やまれる。
クッキーはこの一枚で最後なのだ。
「のっ残り、食べる、か?」
申し訳無さと後悔でいっぱいで、三日月型とも呼べないほどに小さくなったクッキーを、苦し紛れに差し出した。
案の定、それは逆効果。
寧ろ止めを刺してしまった。
弟はついに泣き出す。
「兄ちゃんの馬鹿ー!」
「本当にごめん!」


(2024.01.09 title:005 三日月)

1/10/2024, 7:51:32 AM