「秋晴れ?天晴じゃなくて!?」
思わず叫ぶ。
「なんで、そんな聞き間違いするのよ。音は似てるけどさ」
彼女が呆れたように笑う。
「えー。じゃあ俺一人で勘違いして、一人で盛り上がってたのか」
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなる。
「おかしいと思ったんだよね。話、噛み合わないし」
「その時に言ってくれ」
「初デートで舞い上がってると思って温かい目で見てた。なんせ相手が私だし、緊張してるんでしょ」
「してねえ。というか全部吹っ飛んだ」
「でしょうね」
と、彼女は笑う。
笑顔の彼女はとても可愛かった。
その顔に見惚れると、彼女がこっちを見た。
「顔になんか付いてる?」
「いや、可愛いなって思って」
「なっ」
今度は彼女が真っ赤だ。
「照れた?」
「あんたなんかにしないわよ」
彼女は声を荒げる。
「図星か」
「違う。これは天晴だな、と思っただけよ」
「は、何が?」
「空がよ。この秋晴れ、天晴でしょ」
二人で空を見上げる。
空は澄み切って、見事な秋晴れだった。
「確かにこれは天晴だな」
「そう、天晴な秋晴れ」
「ダジャレか。いやダジャレでもないか」
「うるさい。聞き間違えたくせに」
さっきのやり取りを思い出し、また顔が赤くなる。
「くそ卑怯だぞ、可愛いくせに」
「あー、またそういうこと言う」
彼女が赤くなるのが気配でわかる。
「一時休戦しよう」
「それがいい」
それで、お互い落ち着くまで空を見上げていた。
「うむ実に秋晴れだなあ」
「ああ、まことに天晴な秋晴れだ」
空は、どこまでも天晴な秋晴れだった。
朝食の時、パンを落とすと、必ずジャムを塗った面を下にして着地する。
そして床にジャムがぶちまけられる。
そう必ず、だ。
普通ならば二分の一のはずだ。
だが必ずジャムと床が接触する。
はっきり言って異常事態だ。
困った俺は物知りな幼馴染みに相談した。
こいつが言うには、それはマーフィの法則なんだそうだ。
難しそうな法則が出てきたが、知りたいのはそんなことではない。
どうすれば解決するかということだ。
こいつが言うには解決方法は2つ。
1つ目は気にしすぎないこと、だそうだ。
俺は激怒した。
気にするな、だと。
パンが落ちていくのをスローモーションで眺め、そして床にジャムがぶち撒けられていく様子を忘れろというのか。
あの悲惨な出来事は忘れたくても忘れることはできない。
俺は話の続きを聞かず、その場を去った。
夜、家に帰り夕食を食べていると、だんだん頭が冷えて、今日のことはやり過ぎではないかと思い始めた。
せっかく力になってくれたというのに、お失礼だったと思う。
幼馴染みにどう謝るべきか考えていたところ、あいつからメールが届く。
『そろそろ頭冷えたか?お前は短気すぎる』
さすが幼馴染みだ。俺のことはお見通しである。
そして、2つ目の解決方法が書かれていた。
『お前、パン食べるのをやめて、ご飯に転向しな』
俺は戦慄した。
まさかそんな方法があるとは!
明日からご飯にしよう。
これでジャムは床に撒かれない。
俺が感動していると、メールには続きがあることに気づく。
『朝ごはんはちゃんと食べろ。お前は腹減ると怒りっぽくなる』
何もかもお見通しらしい。今朝食べていない。
『パンを落として大騒ぎして、朝ごはん食べるのを忘れるの、お前くらいだよ。普通、忘れたくても忘れられないぞ』
晴れていた空が急に曇りだし、すぐに降り始めた。
念のために持っておいた折り畳み傘を広げる。
遠くの空を見ると、雨雲はなく降っているのはこの辺りだけのようだ。
今朝見た天気予報を思い出す。
「トコロニヨリコウウって、本当にあるのか」
あれ、責任逃れの常套句だと思ってたよ。
そのまま歩いて学校に入る。
下駄箱で靴を脱いでいると、友人が走ってくるのが見える。
「セーフ」
「アウトだよ」
友人のボケに律儀にツッコミを入れる。
友人は直視できないくらい光っていた。
「あーあ、ピカピカじゃん。天気予報で“光雨”って言ってたじゃん」
「行けると思ったんだけどな―」
「あんたいっつもそれじゃん」
「そういうあんたも、ところどころ光ってる」
「どうよ。光、零れるいいオンナだろ」
「すげー。写真あげたらバズるかな」
「おい、SNSにはあげんな」
教室で友人と中身のない話をしていると、チラホラ生徒が登校してきた。
「みんな光ってるね」
「直前まで晴れてたからね。油断してたんだよ」
「けどこれ眩しすぎて授業どころじゃなくなるね」
そんな話をしていると一人の教員がやってきた。
「おい、傘を忘れたマヌケども。シャワー開放するから洗い流してこい」
それを聞いて、クラスメイトたちが我先にと教室を出ていく。
「私も行ってくる」
そう言って友人も出ていく。
さっきまで騒がしい教室が一瞬で静かになる。
急に暇になり、外を見る。
すると外は光雨が上がり、日が差していた。
校庭のところどころが光っている。
光溜まりや光雨に濡れた木が、光っているのだ。
眺めていて、いいことを思いついた。
これを写真に撮ったらきっとバズるはずだ。
スマホを取り出して、より綺麗に見える位置を探す。
満足の行く構図ができたので、ボタンを押す。
取れた画像を見て、納得の行く出来栄えに頷く。
それは窓枠という額縁に収められた風景画。
味気ない校庭を飾り立てる光たち。
木々が優しく光っている。
そして空から差し込む陽の光。
見慣れた場所が、輝やいて見える。
タイトルは、“やわらかな光”。
君の鋭い眼差しにドキリとさせられる。
君の目に映るのは、建設途中の積み木の城。
その小さな手によって、少しずつ積み上がっていく。
君の目には、お城の完成形がはっきりと見えているかな。
この前までとても小さかった君は、いつの間にこんなものが作れるようになったのだろう。
君を見ていると、驚くことばっかりだ。
大きくなったら、どんなものを作るのかこれから楽しみだよ。
どんなものを作ってもいいけど、その真剣な眼差しはずっと忘れないでいてね。
昔から高い場所は好きだった。
小さい頃から、煙とバカは高いところが好きと言われて、よくからかわれていた。
でもあんまり気にならなかった。
お前はバカがつくほど高いところが好きなんだと、認めてもらえた気がしたからだ。
実際気のせいなんだろうけど。
赤ん坊の頃、親にタカイタカイされた時、とても見晴らしが良かった。
非常に感激したことが原体験だろう。
それ以来、よく高いところに登り、その度に怒られていた。
大きくなってからは色んな高い場所へ行った。
高いビル、高い山なら全部行ったと思う。
景色もよくかなり満足した。
高い地位にもなってみた。
思ってみたのと違ったが、まあまあ面白かった。
一番良かったのは、飛行機からの景色である。
金さえあれば、結構手軽に高い場所を体験できる。
機内もそれなりに快適なのも評価点である。
でも地球にはもっと高い場所があることを俺は知っている。
今そこを目指して訓練している。
非常に狭き門だが、諦める選択肢はない。
その場所とは宇宙ステーション。
地球で最も高い場所。
写真では見たことあるが、実際見るのとはまた違う感動がある。
そこまで行けば、また違うものが見えるだろう。
もしかしたらもっと高い場所が見つかるかもしれない。
高く高く、より高く、これからも高みを求め続ける