心躍る楽しい予定があると、あと何日…♪とワクワクしながら眺めては、すでに付いていた◯印にさらに花びらを書き足したりしてみる
月が終わってその頁をめくる時も躊躇はない
ところが、大切な大切な人の命の期限がそれを何枚かめくった先にあると、月が終わってもめくって新しい月を迎えることが辛くてたまらない
出来ればその日が訪れないで…とありもしない架空の日付をつけ足してみたくなる
宣告された日が過ぎ、胸を撫で下ろすのも束の間、それからは毎日が宣告の日のようなもので、1日が無事に終わることの重みは言葉には代えられないほどだ
やがて、涙を流しながらめくった頁が数枚たまった頃、その日は訪れる
それ以降、そのカレンダーの頁はめくられることもなく未だに壁にかかったままだ
絶望と希望の涙で重くなったそれは、もうカレンダーの機能はとうの昔に終えてしまっている
こうしている今も、あちらこちらで色々な人々の色々な思いを預かりながら日々の暮らしを見つめている
新しくめくられた今日はどんな1日になるのだろうか…
『カレンダー』
この人がいなくなってしまったら、どうしよう?
これが失くなってしまったら、どうしよう?
と、どれだけ心の準備をしたところで、喪失感というものは感じずにいられることはない
失ってからしか感じられないものだから、予行演習は無意味なのだ
喪失感に襲われない為に、愛する人を持たず、大切なものを持たず、すべてのことへの執着を捨てて生きれば良いのだろうか…
例え喪失感からは免れたとしても、そんな味気ない人生、私はご免だ
喪失感は彩り深い人生の代償のようなもの
喪失感が深いということは、その人への、その物への愛が深かったことの何よりの証
喪失感とは限りあるものの宿命なのだ
『喪失感』
「嫌だよ〜!こんなの格好悪いよ!
皆が持ってるみたいなアンパンマンとかのがいいよ〜!」
と、息子の智哉は尚美のお手製のトートバッグを払い除けた
手先の器用な尚美は、智哉が誕生した頃から身に付ける物はほとんど手作りをしてきた
材料費や手間を考えたら買った方が断然安上がりだ
それでも尚美は自分の母親がそうしてくれたように、我が子にはなるべく手作りの物を持たせたいと思っていたのだ
智哉もついこの間までは大人しく尚美の作った物を文句も言わずに着たり使ったりしていたのに、ここのところの自我の芽生えで自分の気持を主張するようになってきていた
「ママが作ったのなんて嫌だよ…
お店屋さんで売ってるのがいいの!皆と同じのがいいの!」
と泣きじゃくりながら、尚美の作ったトートバッグを投げたり足で蹴ったりした
そんな智哉をなだめながら尚美はそのトートバッグを拾い上げ、智哉を膝の上に座らせた
「そうね智ちゃん、お店屋さんで売っているバッグはとっても素敵よね!
でもね、ママの作ったこのバッグは、ママが世界一大好きな智ちゃんのためだけに一生懸命作った世界にひとつだけのバッグなのよ 世界中のお店を探したってどこにも売ってないんだから!誰も持っていないのよ!」
「ボクだけ…?どこにも売ってないの?ボクしか持って無いの?」
「そうよ、智ちゃんだけ特別よ」
「ボクだけ特別?スゴいね!」
「そうよ、ひとつしか無いのだから大切に使ってね 」
「分かった!大切に使う!」
そんな昔の智哉とのやり取りを、尚美は断捨離をしながら懐かしく思い出した
智哉が大学入学と共に自宅を出てからすでに10年が経つ
智哉の部屋は当時彼が出てからほとんど手つかずにそのままにしてある
「勝手に処分してくれていいよ」と言われてはいるが、どこかでこのままにしておきたい気持ちも未だ捨てきれずにいた
ようやく重い腰を上げ少しずつ処分していこうとクローゼットを開けると、「宝物」と張り紙のついたプラスティックケースが出て来た
中からは当時智哉が夢中で集めていたカードゲームやフィギュアが次々に現れた
そのどれもが懐かしく、智哉の幼い頃の顔が目に浮かんだ
その箱の1番下には、丁寧に畳まれたあのトートバッグが入っていた
その他にも尚美がその後も作り続けたアイテムがすべて納められていた
物の価値の分かる子に、物を大切にする子に育って欲しいという思いは、どうやらしっかりと智哉に伝わっていたようで、尚美は温かな涙が次から次へと溢れ出た
「捨てられるわけないじゃない…」
大切なものには大切な思い出が沢山詰まっているのだ
「この箱の中には世界でひとつだけのものだらけだもの…」
尚美はその蓋を丁寧に閉め、元のケースがあった場所にふたたび納めた
智哉がまたその子供たちに、この思いを伝えていってくれることを願いながら…
『世界にひとつだけ』
「胸の鼓動」このお題を見て、胸がドックン!とした
ちょうと先日夫とそんな話をしていたからだ
韓流ドラマを見ながら、見目麗しい推しの俳優が画面いっぱいに映し出されると
「胸がキュンキュンする〜」
と悶える私に夫が冷ややかに言い放った
「それを我々世代は胸のトキメキではなく『動悸』と言うんだ」
な、なんて事を!
と思いながらも、思い当たり過ぎて笑ってしまった
そんな、切ないお題に私の胸は動悸、いや、ドクドクと鼓動したのであります
『胸の鼓動』
「いよいよ、貴方にはこの宣告をする時が来たようです」
と、向こう側に着席している判事と思しき二人のうちのひとりが、そう告げた
こちら側にいる私はどうやらその宣告とやらを受ける立場のようだ
「正直申し上げますと、貴方はこちらのグループでは些かその流れから外れておられるようで、貴方の使われている言語もこちらでは理解する人も少なくなりました
そろそろ、この上のグループへの移籍をご検討されたらいかがでしょうか?
」
要するに、ここでは年齢的にもう厳しいと言いたいらしい
「あちらのグループでは、きっと気の合うお仲間も沢山お出来になるでしょう
ご自分が時代遅れだと感じることも無いはずです」
失礼な!いつ私が時代遅れだと感じたというのか?
私はまだまだ気持ちだけはバリバリ現役のつもりだし、恋のひとつくらいまだまだ楽しみたいと思っているというのに…
実際に恋愛を楽しむことは無いとしても、「人生を知り尽くした大人達の濃厚な恋愛小説」くらいは書きたい気満々だと言うのに、シニアのグループへ移籍しろと?
ここのグループでは、もうお払い箱だと?
そんな憤りの気持ちで反論しよう、という場面で目が覚めた
何とも後味の悪い夢を見たものだ…
日頃潜在的に心のうちにあった思いが、昨夜のお題をいただいてその思いが夢として形になったのだろうか…
そんな時を告げるための夢だったのだろうか…
それとも
そんな思いを跳ね返すくらい情熱的な物語を書く時が来ていることを告げる夢だったのか…
『時を告げる』