たった1枚の紙から始まった僕の夢。
「よく飛んだわね!」
まっすぐ飛んで行く紙飛行機。風に乗り、戻って来ない紙飛行機。そのまま僕を連れて行った。
「僕の夢はパイロットになる事です」
小学校の時の夢、人生の全てに思えた綺麗な夢。そのために勉強と運動をし、テスト100点と体力テストA判定を取り続けた。
「うちにはそんな余裕ありません」
小学6年生になり、親と本気で向き合い、経済的事情を出され子供ながら、経済力の大切さ、そして不条理を知った。そして紙切れのように引き裂かれた僕の夢。
「お前の成績ならもっといい高校行けるよ」
夢の為に努力した訳じゃない、ただ親が嫌いだから、先生が嫌いだから話さないために、1人で黙々と勉強をしていた。ゲームなんて家にない、友達と話す話題もない。自然と机に向かい教科書を読み、問題を解き、天才とうたわれ、孤立し、より机に向かった。
「卒業後の進路はどうするのか?」
高校でも孤立し、誰とも話さなかった俺は、やりたい事なんてなかった。その言葉は、焼け石に水をかけたように、一瞬の音をたてて消えていった。
とりあえず、優秀と言われる成績だったので、給付型の奨学金を使い、進学を選んだ。
「お前のなりたいものってなんだ?」
バッグの隅にあるぐしゃぐしゃでも、ずっと入っている紙のような僕の夢。けど人に見せるものじゃない。意味的には違わない事を言おう、、、
「世界に羽ばたける人材になりたいです」
その後は、教授の手伝いをしながら、博士号を取得し、世界的に有名な賞もいくつか受賞し、大学の教授となり、多くに天才を育成した。
「教授、やってみたい事があるんですが、、、」
人生の最後を飾ったのは、鳥人間コンテスト。
夢のために努力してきた天才と、夢を恨み努力してきた天才と、凡才を叩き上げ天才になったもの達は、教授に空を、そして夢を見せてくれた。
「空は青いな」

「先生!!先生起きました!!」
横から聞こえる声ははっきりと聞こえるのに、右耳から入り左耳から抜けて行く。頭が回らない、、、
と言うよりか、痛い、頭が痛い、燃えている、いや、凍っている。
頭を抑えていると、横でなにか言っている
「██×██ー██〇█〇〇██×█ー█」
分からない、何も、分からない。
急な眠気に襲われ、目をつぶった。
「大丈夫?頭痛は治まった?」
看護師さんが心配そうに顔を覗き込んで来た。
「だいじょうぶ?、、だと、思います」
痛みは少しあったが、まぁ我慢出来るので一旦黙っていようと思った。
「良かった、、、」
その後に医者と話した。自分は事故に遭い2ヶ月と23日寝ていたらしい。そんな記憶は全くない。轢かれた事も、3ヶ月寝てた事も。
「やば、、入社式すっぽかしちゃった感じだな、」
とつぶやくと、医者は驚いたような顔をした。
不思議に思っていると、名前、生年月日、家族の名前、自分の年齢、西暦、、、、など色々聞かれた。
「落ち着いて聞いてください、、あなたは少し記憶を失っているようです。」
「は?何を言って?俺は先日大学を、、、、は?｣
俺は何となく分かる気はした。それを理解している訳では無いが、腑に落ちるような、体がそう教えてくれるような。
そこから数日は早かった。誰も来ない病室で、たまに看護師さんと話して、それ以外は看護師さんから借りた小説を読んだ。
「この小説は主人公が記憶喪失になって、そのまま裏社会に闇に巻き込まれて、飲まれていく話なんですよ」
そんな救いのない本を貸すんですねwと冗談だと思い、読み進めるが、本当にその通りだった。
読み終わった頃に看護師さんが来た。
「その主人公のように闇に呑まれないようにするのがご親族や友人、私たち看護師のやる事です」
誰も尋ねて来ない、、、来れない自分に悪意を持って言っている訳では無いのはわかるが、
「記憶を無くし、その記憶の中に家族の最後を置いてきた自分に言うですかね?」
決して看護師さんをいじめたい訳じゃない、ただ、彼女の気を引きたいというか、なんというか、寄り添って欲しいような、、、
「ごめんなさいね、、、、そういうつもりじゃ、」
やっぱりだ、そういうつもりじゃない、ごめんなさい、と心で言い続けた。
数日後、リハビリが始まった。
自分はとりあえず頑張った、家族も友人も居ない俺だが、その頑張を見てくれる人が居た。
看護師さんには感謝しないとなw
彼女をちょっとしたレストランにでも連れていこう、感謝を伝える為に。
「看護師さんって彼氏とかいるんですか?」
小説を読みながら軽く聞いた。
答えは返ってこず、
「〇〇さんこそ、彼女いないんですか?」
と逆質問が来た
「自分に彼女が居たのなら、もう元カノですよ。3ヶ月寝てて、目が覚めてリハビリ頑張ってるのに、来ない。ま、居たかすら覚えてないんですけどね」
そう話していると、少し嫌な顔をした看護師さんは静かに病室を出た。
セクハラと悟り、それ以降何も聞かなかった。
数ヶ月後、リハビリも終わり歩けるようになった自分は、退院した。
その時、ダメ元で聞いた連絡先。教えて貰えるとは思っていなかった連絡先。しっかりと返事のある連絡先。
次の休みにご飯に行った
場所も時間も看護師さんが決めて、その場所に行った。高級なレストランではない、庶民的な少しオシャレなカフェっぽい場所
「はじめまして､、」
緊張から声が出ない。それを察して彼女が言う
「はじめまして。
　ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ私の大切な人。
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ㅤそして私の愛した人」
彼女の目には数滴の宝石があった。

春休みに入り、部活も休みですることのない僕はとりあえず、家の近くの山を散歩しようと思った。
カメラを持ち、どの山道を進むか考えながら扉を開けると、、、庭に帽子が落ちていた。
家族の物でもないし、近所の人がつけてるのも見た事ないし、、、
「可愛い帽子だなぁ」とつぶやくと、
「ありがとう」と後ろから聞こえた。
名前も知らない綺麗な子がそこに居た。その子は帽子を見つめながら手を出して来た。数秒固まった後に帽子を差し出し、綺麗な笑顔と後ろ姿を眺めた。
散歩の途中、後ろ姿を撮っておけばよかったな、と後悔しながら山中の草花を撮っていた。
その日の夜に知った事だが、あの子は3つ先の家のじいさんの孫らしい。
春休みの間が家のリフォームで入れないからこっちに来てるそうだ、、
田舎特有の情報の伝わる速度に感心しながら、あの子の姿を思い出していた。
翌日は部活があり、朝から楽器を携えながら自転車に乗った。
部室につくと既に数人がチューニングを済ませ、だべっていた。
「あの子は写真が好きらしいよ」
「都会の子ですごくオシャレって聞いた」
「楽器も好きだったりするのかな?」
と、話題は昨日みたあの子らしい。僕にも話が飛んできたが、興味無いとつっぱね、チューニングを始めた。
数時間譜面とにらめっこしながら楽器を吹いて、今日の練習は終わった。
帰り道はカゴに楽器を入れ、押しつつ時々写真を撮りながら1時間近くかけて帰った。
家の近くになると またあの子に会った。特に話す事もないので軽く会釈をして、その場を去る
「何撮ってたの?」
その一言が僕の胸を引き止めた。
「なにって、、、、今日はレンズ間違えて撮ってないよ」
とカメラ好きには一瞬でバレる嘘をついた。
彼女は、ふぅーんじゃあ今度見せてといい、その場は静かに終わりを告げた。
数日間、その会話が頭にこびり付き僕はぼーとしていた。写真を撮る時も楽器を吹く時も本を読むも、頭が回らない、これは彼女が悪い。
そんな事を思っていると、彼女が来た。
写真を見に来たらしい、それほど写真が好きなんだろうか、それとも俺が?と甘い幻想を抱きながら、アルバムを貸した。
中には全国で銀賞を得た写真や、地域の小さな大会でも入選しないが好きな写真がバラバラに入っていた。
彼女はそのアルバムを見ながら、この写真は多分あそこね、これは綺麗に撮れてるね、少し被写体がブレてるのか、とブツブツ独り言を言っていた。
少し聞いていれば、基本ダメだしだ。
「文句でもあるのか?」
なにか恥ずかしいようなイライラするような思いを堪えながら、トーンの低い声で言った。
「ごめんなさいね、予想よりもいい写真ばかりで少しもったいないって思ったの」
と、予想しない回答だった。さらに続けて
「少し鍛えればもっといいの撮れるようになるよ」
「今度一緒に取りに行こうよ」
どういえばいいか分からない思いに突き動かされ、僕は数日部活を休んだ


「人物写真の練習をしておこう」
春風がなびく季節がまた来ればいいのに、

今日も1枚の手紙を書く

拝啓:○○へ
今日はお前の作品展に行ってきたよ。まさかここまで有名になるとは思ってなかったよw
小学校からの付き合いだけど、こんなことやってたなら教えて欲しかったよwお前の母さんから昨日聞いたんだぜ。急にこんな出費になるとは思ってなかったしw
けど綺麗だったよ。思わず俺の友達の作品なんだぜって周りの人に言いそうだった。
お前が無口なのはもう慣れたけど、こんなおっきい隠し事、、、、ってお前らしいなw前も似たような事あったなw
あの時が結婚したのに何も言わず、急に結婚式のスピーチしてくれって3日前に言ってきたんだよなw
もうこんな隠し事ごめんだよw
まぁいいや、とりあえずいい作品だった、次やる時はチケットでも送れよw見に行ってやるからw
またな

すごく砕けた言葉の手紙。文字は丁寧に書かれているが、所々滲んでいる。深夜にコーヒーを飲みながら書く彼は滲んでいるのに気づいているが、紙が切れているので、代わりと言って、その手紙は上等な便箋に包み込み、ロウで封がされた。
「住所と郵便番号、宛名と自分の、、と」
慣れた手つきで書くその文字は、何も見ずに自分の頭の中から、何も考えずに書けるほど覚えているようだった。
「あ、、いっけね、入れ忘れちった」
最近拾った1枚の笹の葉、何故か分からないがこれを見せたいと強く思いわざわざハンカチに包み持っていた。捨てるのは違うよな、、、
結局は、クリップで留めるという強引で不確実な手段で手紙にくっつけポストに出した。
数日後に丁寧な手紙と招待状が届いた。
「もう2年も、、、、次は有給取って線香かぁ」
彼の目にはおしゃべりだけど口下手で、なんでもやってみる、自分とは違う大きな人になった彼の姿がぼやけた視界にしっかりと見えていた。

いつもの終電で帰路につき、いつものコンビニ弁当で夜ご飯をすませ、いつもの夜を過ごす。
「ハハハ、、、、」
笑い声には覇気はない、貼り付けられたような笑顔はスマホの明かりに照らされている。
充電器を差し忘れ、少しづつ減る充電と睡眠時間、時計の針は25時を過ぎている。その事実を受け止め
つつ、充電器をさし直し、スマホのアラームと明日の予定を確認し、まぶたを閉じた。
「明日は午後休か、、」
学生の頃なら、友人や先輩後輩とカラオケやゲーセンにくりだしていただろう。しかし今やそんな人は居ない。綺麗に飾られた記憶を忘れるように、夢を見ない夜を飛ばした。
ﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟ......ﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟﾋﾟ......
朝日に照らされ、数刻前に冴えた耳に入る耳障りな音を、何も言わずストップさせた。
シャワーを浴び、髭と髪を整え、昨日買ったおにぎりを食べ、昨日のうちにアイロンがけした服を着て、今日を始めた。
「おはようございます」
しっかりとしたトーンの挨拶は、隣の部屋の奥さんに会釈をもらい意味を成した。
いつもの時間にいつもの電車に乗り、いつも同じようなつり革をつかみ、いつもの道で出社し、いつもの仕事をこなしていく。
「今から一緒に昼飯行かない?喫茶店がオープンしたらしいんだよ」
同僚が性懲りもなく、女性社員を誘っている。案の定の回答にいつもの反応をする人々。
そんな彼らを横目にいつもと違う時間に退社する。
聞いた喫茶店でお昼を済ませ、いつもと違う電車に座り、いつもの最寄り駅で降りた。
夜も外食にしようか、デリバリーしようかと、頭の隅で考えていると
「とめてーっ!!」
坂の上からベビーカーが落ち、その先には工事中の看板。状況が飲み込めない頭と、咄嗟に動く身体にギャップを感じつつ、スローになる目の前。
…ドンッ……
ベビーカーは体に当たり、速度を失った。
泣きながら近づく母親だろうか、周りにはスマホを構える傍観者。忌避の目を向けられないように近くのカフェに母親と向かう。
彼女は事故でベビーカーを離してしまったらしい、命があったからいいじゃないかと話し、別れ際に
「本当にありがとうございました。お礼に食べてください」と、ケーキを貰った。
いくつかに別れたケーキだったが、ワンホール近い数があった。
家に着くと、また隣の部屋の奥さんに会った。確か子供が何人か居たなと思い出し
「すいません、ちょっとケーキ貰ったのですが、1人じゃあ食べきれなさそうなのでどうぞ」
と、あまり話さない人から渡されるのは怖いだろうかと思いながら、箱を差し出した。
奥さんは優しい笑顔で、
「ありがとうね、お礼と言ってはなんだけど、もし良かったら夜ご飯食べていかない?たまには複数人で食事をするのは大切よ」
と、思ってもみないお誘いが来た。
「お邪魔じゃないようでしたら、、、」
その言う顔には、少しの恥ずかしさと心からの優しい笑顔があった。