〜街へ〜
水没した路面電車の線路の上を裸足で歩く。ゆらゆらと足をつけたところから波紋が広がって、やがてしんと静まった水面に同化していく。チリンチリンとなるベルの音はいつまで経っても聞こえない。
「静かだなー……」
だだっ広い水平線を見回してそう呟く。生き物は居ない。姿を表していないだけでどこかに存在するかもしれないが、見たことがないからわからない。空を自由に飛び回る鳥も、水面の下を我が物顔で泳ぐ魚もいない。
荒廃した世界を覆う水は陸地のほとんどを飲み込んでしまっている。まだ顔を出している都市の残骸は青々とした植物に覆われ、ジメジメとした湿気をまとっている。この世界でひとりぼっちになってからずっと、歩き回って休んで人を探してきた。別にゾンビ映画みたいに死人が歩き回ってる訳でもないし、SF映画とかでありそうな宇宙人侵略されて人間が全滅!!1人だけ生き残った!!なんて展開でもない。目が覚めたらこんな有様だった、ただそれだけだ。それこそファンタジーを疑って頬をつねって、強く叩いたけど何も変わらなかった。
なんやかんやで今の環境に適応して、ひょっこり顔を出してる場所に生えてる見覚えのある食べ物やたまに水面をぷかぷかと漂う食べても大丈夫そうなものを食べて生きてきた。路面電車の線路を歩いているのはそこがいちばん道らしいから。荒廃した街を見るのは楽しい。ほとんどの場所は水に浸かって水底だが、高台にある場所はいまだ生活の痕跡を残しているし…飽きることはない。
その日も街を探して歩き回る。ちゃぷ…ちゃぷ……と水をかき分けて歩くと、緑に侵食された街を見つける。街は人がいないためガラリとしており、酷く寂しい。人が居ないだけでここまで寂しさが滲むのか……とこの世界に来て実感した。手に持っていた靴を履いてアスファルトを踏む。地面には日々が入り、建物にも大きなヒビが入っている。街の店を見ていくとまだ食べられそうなカップ麺や非常用食品がずらりと店に並んでいる。人も居ないし生きるためだ!とそれを持てるだけカバンに詰めてさらに歩く。落ち着いた場所を見つけたら、荷物を下ろしてお湯を沸かすためにペットボトルの水を開けて、適当な鍋に入れて、ガスボンベで燃やすタイプのガスコンロを使ってお湯を沸かす。グツグツと沸騰したそれをカップ麺に入れて3分待つ間に、外を見た。
「……不気味なくらい静かだ」
電波もなければ電気もない。夜は暗くなるから早めに寝る。地平線に夕暮れの太陽が落ちていくのが見えて、眩しさに目を細めた。だいたい3分経ったカップ麺をすすって、空にするとその場にゴロリ……と横になった。満点の星空とぽっかりと浮かんだ月。現代なら田舎でしか見ることの出来ない、綺麗な夜空だ。
「…明日はどうしようかな」
きっと明日も明後日も────
ひとりぼっちの世界で、人の気配のない街へ向かう
〜ありがとう〜
この世界はありがとうの一つで出来ている…と自分は考える
助けてもらえばありがとう、何かをしてもらえばありがとう、純粋なお礼としての言葉
世界に溢れているこの言葉を集めたら…この小さな手に閉じこめることは出来るのだろうか
今日も、世界のどこかで「ありがとう」が聞こえてくる
自分はそれを聞くために、この世界を見つめている
〜終わりなき旅〜
果てなき地平線を歩く。
カラカラの砂漠のような地の真ん中でバタリと倒れた。乾く喉も気にならないくらいの快晴に目を細めた。
歩き歩き足が疲労で動かなくなるまで歩いた。
今まで見てきた世界は面白く楽しくとても不吉で興味わくものばかりだった。
喋る樹木や神殿の沈む湖、呼吸のできる水中ダンジョンにドラゴンの住む火山。
摩訶不思議な世界を回る。
これは終わりなき旅。
〜神様へ〜
古くなった境内の中。一枚の大きな木の葉が賽銭箱の上に置き石の代わりの果実と共に置かれていた。その木の葉には拙い子供の字で何かが書き連ねられていた。
はいけい神様
お元気ですか、ぼくはあの時たすけてもらった者です。いまぼくは父ちゃんと母ちゃんといっしょにくらしています。神様はさびしくないですか、もし寂しかったら、また遊びに行ってもいいですか
おへんじ待ってます。
██より
面をつけた青年にも見える人物はふっと微笑み木の葉を手に取り大事そうに懐に直した。はらはらと落ちる花を集めほんのりと色付いた紙に墨をのせる。
流れるような筆記は子供では読むのが難しいだろうかと気づいてからケタケタ笑った。面の奥に隠れる瞳を拭いその紙を飛行機の形に折り曲げ飛ばした。
紙飛行機は風に逆らうように森の方に進んでいく。鳥も虫も全てを追い抜き、小さな岩穴の前に落ちた。中からとたとたと走る足音が聞こえてくる。落ちていた紙飛行機を見つけると全身の毛を逆立てるように身震いして喜んだ。頭に生えている耳がピルピルと動き尾が取れるのではないかという速さで揺れた。手に取った手紙をカサカサと開いた子供はじっくりと時間をかけるように文面に目を通した。
拝啓狐の小僧よ
〜快晴〜
〜心の天気模様〜
その日は雨だった。
ジメジメとした空気と雨特有の匂いが鼻を刺激する。晴れとはほぼ無縁の梅雨の時期。紫陽花の葉の上でカエルやカタツムリは気持ちよさそうに動き回っていた。傘の中からその光景を見つめていると、意識せずとも重たい空気を吐き出した。雨の季節は気分が沈む。ポツポツと傘にあたる雨の音が心地いい。濡れた靴とぐしゃぐしゃの靴下に気分を悪くしながら通学路を歩いた。
雨の季節のせいか教室の中は重たく暗い。
「おーはよさん!!」
バシッと背中を強く叩かれて前によろめいた。
「うわっ!痛いな…!!」
「悪ぃ悪ぃ!」
重たい雰囲気をかき消すような明るい友人は悪気なんてないというような笑顔で謝ってきた。初めはムスッとしていたがその面がなんだか面白くなってきて、ぷッと吹き出した。するとその友人もキョトンと驚いていたかと思えば一緒になってげらげらと笑った。目に涙を貯めて笑いやっと落ち着いたというところで濡れて気持ち悪い靴下のことを思い出した。ガサガサと鞄の中を探して替えの靴下を取りだす。
「うわー、ベチョベチョじゃん靴下」
「スニーカーに穴あいてたのかも」
「単に歩き方が下手なだけだろ、俺なんてぜんぜん濡れなかったぜ!」
「歩き方に上手も下手もないだろ」
呆れながら零すと頭を小突かれる。靴下を履き替え終えたら先程の仕返しのように小突く。それから仕返し仕返し仕返しとずっと小突きあっているとHRの鐘が鳴った。
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雨の気分を引きずりながら過ごしているとあっという間に放課後だ。学級日誌を書く自分の前ではつまらなそうに筆跡を目で追う明るい友人の姿。すっと笑うとなんだよと訝しげな表情で見上げられる。
「なんでも?書き終わったから職員室寄って帰ろ」
「おうよ!」
犬のようにブンブンと尻尾を振ってみえる。幻覚に苦笑いしながら荷物を持って教室を施錠・確認して職員室のある1階に降りた。外はまだ雨模様で野球部やサッカー部、陸上部は階段を使ったトレーニングをしている。掛け声は上から下まで響いていることだろう。
「先生、日誌持ってきました。鍵ここに直しておきます」
ちゃちゃっと自分のするべきことを終わらせ職員室を後にする。靴箱ではもう既に友人が靴を履き替えて傘を片手に待っていた。
「お待たせ、帰るぞ」
「りょーかい!なあ少し遠回りしようぜ!」
「え…まあ、いいけどさ」
「嫌そうだな笑」
「雨だからな」
拗ねるように口を尖らせる。それを面白そうに笑う友人に強めに蹴りを入れた。そいつは「痛っ!!」と大袈裟なリアクションをとると尻を右手で撫でた。
「そんなに怒るなよ…晴れればいいのか?」
「まあな、晴れたら行ってやらなくもない」
「言ったな??」
ニシシと歯を出して悪戯に笑うそいつを疑いの眼差しで見る。
「見てろよー!!」
雨の降る中傘もささずに外に飛出た。
「晴れろー!!!」
そしてものすごい大声で叫んだ。それくらいで晴れるわけないだろと思うもそんなことする友人が酷く面白かったため自分も同じように外に出て叫んだ。
「「晴れろー!!!」」
きっと先生に見つかったら怒られるだろう、でもそれが楽しいのだ。青春はこんななのだ。
すると光の線が雲の隙間から漏れ出てきた。雨が次第に弱まって行くと空に大きな虹がかかる。
先程までの沈み曇った心の内は、虹が架かる快晴の空に変わった。