猫宮さと

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9/6/2024, 2:51:15 AM

《貝殻》

家庭が全てだった幼い頃から、家族に否定され続けてきた。
それでも認めてほしくて、いい子であろうと努力した。
笑顔であり続けることで、傷付いた心に何者も寄せ付けず。
そんなあなたの心は、痛みに耐えながら真珠を育てる貝のよう。

頑強な貝すら艶やかなあなたの心。
その脆さも美しさも知っているからこそ、無理に開きたくはない。
いつか、その殻を開いて見せてくれますか?

9/5/2024, 2:23:24 AM

《きらめき》

夏の終わり、昼に暑さは残れど夕闇の風は徐々に冷たさを含んでくるこの時期。
今日は、鎮魂と秋の収穫の無事を祈る祭事の日だ。
帝都は工業都市だが、他の地域では農業や採掘に従事している場所も多い。
その地域への感謝を忘れぬ為に、この祭は行われている。

海が見える港で、皆で小さなランタンを空に飛ばすものだ。
僕も彼女と二人ランタンを手に取り、港で海の沖へと思いを馳せる。

この祭は、大事な神事だ。
この日の為に港に用意された簡易祭壇の前で、神子が朗々とした声で祈りを捧げる。


海に還りし命は
太陽の慈しみを受けきらめき
空へ昇り白い雲となる

空を揺蕩う雲は
月の祝福を受けかがやき
雨粒となり緑を潤す

人の命も巡りゆく
海に還りし命は
空の狭間より降り立ち
緑を潤す流れとなる

時と共に流れる水は輪を描き
我らの命を送るもの
海よ我らを救い給え
緑よ実りを齎し給え

命のきらめきを宿すものよ
今こそ高らかに空へと唄え
巡る命がまた
我らの元へ来る日まで


まさに天高く唄うような祈りが響き終わると、僕達は手にしたランタンを空へ放つ。
たくさんのランタンのきらめきが、夜空を幻想的な橙に彩る。
その灯りのきらめき一つ一つに、各々の願いや祈りが込められている。

遠く海へと還った僕の家族達も、今は安らかであるように。
海で眠る魂達は、空を巡りまたこの地へ生まれ変われるように。
今年の実りは、全てに行き渡るほど豊かなものになるように。
帝国の人々は、未来永劫穏やかに暮らしていけるように。

傍らでは、彼女が手を組み空へ祈りを捧げている。
僕も目を閉じ、空の灯りに祈りを託した。
てる皆様には感謝しております。
ありがとうございます。

9/4/2024, 6:58:46 AM

《些細なことでも》

※食べ物に対する偏見は全くありません。
※私は、どれも正解だと思っております。


「お待たせしました。お昼を食べに行きましょうか。」

本部での午前中の書類業務を一段落させた彼にそう言われて、私は一緒に食堂に向かっていた。

私の髪と瞳の色のせいで闇の者として彼の監視を受けている身だけれど、こうして普通に丁寧に扱われてます。
彼の傍にいられるし、私にとってはいいこと尽くめの毎日です。

それはともかく。
食堂の前に来ると、何やら中から言い争う声が。
男の人が議論してるようにも聞こえるな。

「何事でしょうかね。喧嘩にならなければいいのですが。」

彼が少し眉を顰めて呟いた。
言っても元々実戦で動いていた軍人だった彼。少々の荒事は気にはならないみたい。
彼が私を庇うように、先に食堂の入口を潜って行く。
私も驚きはすれど彼がいるから大丈夫かと、彼の背後から状況を伺った。

見ると配膳カウンターのところで、二人の男の兵士が激しく言い争っていた。

「馬鹿野郎! カレーにじゃがいも無しとかあり得ねぇ!
 あのホクホクした食感のアクセントがあってこそのカレーだろうが!」
「いいや、じゃがいもは無しで正解だ! せっかくのルーの舌触りが悪くなる!
 カレーにホクホク感なぞいらん!」

んー。カレー。

聞いた瞬間、彼も私も真顔になった。
掲示板を見れば、今日のメニューには『なめらかとろ〜りカレー』とある。
『じゃがいもを除く事で舌触りを滑らかにしました』と下に説明が付いていて、これが原因で言い争いが起こったのは分かったのよ。
でもこれは個人の好みによる話だから、絶対話が終わらないやつじゃない。

隣の彼を見ると、腕を組んで軽くため息を吐いていた。

「食べ物の好みは些細なことでも、当人にとっては重要ですから。」

あまり迷惑にならなければいいでしょう、と彼は一言添えつつ静観の構えを見せ出した。

「ええ? こういうの止めないの珍しいですね?」

彼の真面目な性格なら、こういう争いは止めに行くものだと思ってた。
そんな疑問を口にすると、彼はカウンターの向こうに視線を飛ばしながら答えてくれた。

「大丈夫ですよ。ほら。」

すると、配膳カウンターの中から恰幅のいい初老近くの女の人がお玉を手に顔を出した。

「うるっさいよ、お前達! じゃがいもなら小芋を素揚げにしたのがあるから、ご飯と一緒に乗っけてカレー掛けな!」

わお。いい感じの腹式呼吸。カッコいい。
景気のいい一喝が入って静かになった兵士達は、それを聞いて歓声を上げた。

「最高だ! パリパリの皮とホクホクの芋がカレーに入れられるとか天国かここは!」
「いいな! 俺は塩を振って食べるか。カレーだけでは物足りなかったしな。ありがとう、おばちゃん!」
「お姉さんと呼びな! 小童!」

さっきまで言い争っていた二人は一変。
カレーと揚げ小芋の皿を受け取ると、にこやかになりながらトッピングの列へと向かっていった。

「すごい。一瞬で解決しちゃいましたね。」

私がほぅ…と感嘆のため息を吐いていると、彼が説明してくれた。

「あちらのおば…お姉さんは、ああ見えて細やかな気遣いと繊細な仕事が長年の売りの方です。
 ですので、メニューの幅広さや対応も丁寧で非常に優秀なのです。」

僕もずっとお世話になっているのですよ、と彼は笑顔で私に話してくれた。
言い直したのは、円滑な人間関係のためですよね分かります。
そういえば前に食べたいちごパフェも、味も見た目も専門のお店で出されるような美味しい素敵な物だった。
豪快かつ仕事は繊細とか、女性も惚れる女性じゃない。

「本当、カッコいいですねお姉さん…。」

場の空気も粋なお姉さんのおかげで収まりホッとした。
よかった。

と思ったのも、束の間。

「お前、せっかく滑らかな口当たりのカレーに堅ゆで卵は無いだろう。」
「温玉なんかツルッと飲み込んで終いじゃねぇか。俺はしっかり卵を味わいたいんだ!」

今度はトッピングの卵の種類で揉め始めた。
ええ…せっかく話が収まったのに。

直後、またカウンターの中からさっきのおば…お姉さんが一喝。

「はぁ? 何言ってんだい、カレーにはマヨネーズが至高!
 他のトッピングなんざどうでもいいわ!」

まさかの、新たな燃料投下。
私はぽかんと開いた口が塞がらず。
彼は私の隣で、額に手を当ててその様子を見つめていた。

「「いや、マヨネーズはないだろう!!」」
「黙りな! 他のトッピングを置いてやってるだけでもありがたく思うんだね小童ども!」

私は、この様子に呆然としながら口にする。

「混ぜっ返す、混ぜっ返す。」

彼もさすがに困り果てたように、私に教えた。

「時折この喧騒に自ら加わる癖が無ければ、本当に良い料理人なのですけどね。」

数多い兵士達の好みに満遍無く合わせる事が出来る技量と懐を持ちながら、自分のここぞという好みの主張は絶対に譲らない。
そういうタイプの料理人でもあるそうで。

また燃え盛った火種は、鎮まる見込みはなさそうです。

9/2/2024, 2:11:08 PM

《心の灯火》

夏至も過ぎて秋分の方が近くなって来たとは言え、まだ太陽が地上にいる時間が長い今日。
政務を終えた彼と一緒に帰る道すがらの事だった。

最近の彼は家に仕事を持ち込む事も増えてて、睡眠時間も削っているみたい。
その上議会が難航しているのか、休憩の時も彼の言葉数は少なくなっている。
今も執務室を出る間際の会話以降は、一言もなくて。
それでも私と目を合わせる時の彼は、優しく私に微笑みかけてくれる。

大丈夫かな。そう思っていた時。

赤い夕日に伸びた彼の影が、ぴたりと動きを止めた。
どうしたのかと私も立ち止まった瞬間、彼がぽつりと呟いた。

「…何故、僕のような実力のない者が国を導く立場になっているんだ。
 もっと他に相応しい人物がいるのではないのか。」

普段にこやかに真っ直ぐ前を見据えている彼が、悲しそうに、悔しそうに俯いていた。

仕事の内容、そしてそれに関わる自分の心情を他人に漏らすような人では決してない。
だけど帝国の人、特に下級層や貧困に喘ぐ砂漠の村に住む人達の生活がよくなるような流れになった時は、その喜びを私に伝えてくれていた。
人々への差別的な待遇に対しては、真正面からそれを打ち破る努力もしてる。
一般の人達に混ざって喜んで肉体労働をしていた事だって、私は知ってる。

そんなあなたが、自分を見失いそうな程に疲れている。
心の灯火が、消えてしまいそうになっている。

あなたは、驚いたように私を見ている。
たぶん、私に話すつもりはなかったんだろうな。
彼は思わず本音を話してしまって、自分でもびっくりしているんだと思う。

絶対に弱音を吐かないあなたが、無意識でも私に弱い部分を見せてくれた。
あなたの悲しみを思うと、胸が苦しい。
あなたが私に胸の内を見せてくれた事が、嬉しい。

私の言葉なんか、ちっぽけなものだ。何の力にもなれないかもしれない。
でも、その零れた本音が私への見えない信頼だとしたら、それを掬い取りたい。
消えそうなあなたの心の灯火が蘇るまでの、ほんの少しでいい。道を照らす灯りになりたい。

だから私は、あなたの仕事に対して思った事、知っている事をそのまま告げた。
あなたは、いつも頑張っている。皆、それを見てる。
他人も、自分自身も真っ直ぐ見つめ道を正して行けるあなただから、皆も着いて行く。

だから自分を信じて。そのまま進んで。

あなたの苦しみを思って涙が出そうになるのを堪えながら、私は自分の信じるあなたを真っ直ぐに見つめた。
すると、彼の目が大きく見開かれて。
落ち行き赤く燃える太陽の光を受けたあなたの顔が、ふわり優しく綻んだ。

「…ありがとう…」

よかった。
ほんの少しでもあなたの心の愁いが取り除けたなら、私は心底嬉しい。

私には何の力もないけれど、祈る事だけはできる。
どうかあなたの行く道が、この先も明るく照らされたものでありますように。

9/1/2024, 10:16:56 AM

《開けないLINE》

※こちらに書いている世界観にLINEは決定的に合わない物なので、不本意ではありますが今回も含めてLINEがお題にされた回はお休みさせていただきます。
 いつも読んでいいねを下さっている皆様にはいつも本当に感謝しております。
 この場をお借りして、御礼を申し上げます。ありがとうございます。

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