猫宮さと

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6/30/2024, 11:47:47 AM

《赤い糸》
赤は魂の強さを示す色。
生命、勇気、博愛、情熱。
どれも力強さと高い精神を表している。
人の運命の糸に色があるならば、彼の糸は間違いなく赤い色。
緋衣草の花も霞むような、鮮明で艶やかな赤。
炎のように燃え盛っていても、他を焼き尽くすことは決して無い。
他の心を暖める、慈愛に溢れた優しい炎の色。

運命の糸は出会った相手と繋がるという。
その後紡がれ太くなるか、解れて途切れてしまうか。
それは、各々の心次第。
想いが糸を紡ぎ、繋がりを強くする。
いつまでもどこまでも一緒にいたいから。
私はあなたを想い、見えない糸を紡ぎ続ける。

6/29/2024, 3:06:50 PM

《入道雲》
地表の薄青から頂に行くに連れ瑠璃へと色濃くなる空。
その瑠璃へと届かんばかりに背を伸ばす真っ白な入道雲。
そんな光景は遠くに在りて思うもの。

今日は休暇がてら見晴らしのよい広場のある郊外へ遊びに来ていた。
ところが風に煽られこちらに向かった入道雲が降らせる強い雨によって、私達は足止めされていた。
何とか広場の四阿に入れたけれど、それなりに雨を浴びてしまった。
雲行きから夕方以降に降るだろうと思っていたので、傘はいらないかなと外出間際に話をしたところにこれ。思ったより上空の風が強かったんだな。油断した。

「ごめんね。まさかこんなに早く降ってくるとは思わなかった。」
予想を外してしまった悔しさと彼を雨に濡らしてしまったことが申し訳ない。

「貴女のせいではありませんよ。天気の正確な予測は難しいですから。僕も気を付けていればよかった。」
と、彼はすかさずフォローを入れてくれた。
こんな風に逆に気を使ってくれるところが好きだなぁ。

今日の彼は、外出用の薄い青のカッターシャツに黒のスラックスというシンプルな服装。それが逆に彼の魅力を存分に引き出している。
彼は自分の顔に雫で張り付く髪の毛を長い指でかき上げながら、雨を降らせ続ける雲の底を見つめていた。
たったひとつの仕草を取っても、どれだけ私の心を揺さぶっていくのか。

「あ、ちょっと待ってて。タオル出すから。」
甘やかな緊張を誤魔化しながら荷物を開ける為に背を向ける。
私は髪をアップスタイルにまとめてあるから、まずは彼の髪の水分をどうにかしよう。

「すみません。ありがとうござ…」
入道雲の底から意識を戻した彼の言葉が、何故かそこで途切れた。
不思議に思いながら振り向けば、そこにはこちらを見ながら目を見開き固まっている彼がいた。

え?どうしたの?何かあった?
また振り向き後ろを確かめるけれど、何もない。何の変哲もない広場が、ぱたぱた雨に打たれているだけ。
首を傾げながらタオルを手渡そうと彼に向き直ったところ、私はとんでもないものを見てしまった。

え?嘘でしょう?
私はそれまで全然知らなかった。
雨に濡れた男の人ってこんなに色っぽいの?

彼は軍人として鍛えているため、細身に見えてもしっかりと筋肉は付いている。
普段は隠れて見えない部分を見てしまったショックで、私は軽くパニックを起こした。

「これ!早く!身体!拭いて!!」

目線を地面に外してグラグラする意識を無理にでも引き戻しながら、私は彼の胸にタオルを押し付けた。
赤い!多分今の私、顔赤い!

と、その瞬間、固まっていた彼が起動した。

「何を言ってるんですか!!このタオルは貴女が使って下さい!!」
そう叫ぶと同時に、そのタオルは私の肩にバサリと掛けられた。
私もつい叫んでしまったけれど、周りに人がいたら間違いなく注目されそうな音量。うん、人の事は言えないけれど。
そんな彼を見れば、今にも爆発しそうなほどに首まで赤く染まっていて。
少し濡れたくらいだよ?大丈夫なのに。

「私よりもあなたが先に拭いて!」
「いや僕は濡れてても大丈夫ですから!まずは貴女が!」
もうお互いがパニックでまさに混乱の極み。

この調子でしばらく争うも、それでも掛けられたタオルごと肩を掴まれて濡れたシャツの胸板を無意識で目の前に晒され続けていた私に勝ち目はなく。
渋々私はそのタオルを掛けたまま雨宿りすることになった。

6/28/2024, 11:49:24 AM

《夏》
日に日に空の青が濃く高くなっていく。
白い雲もその背をモクモクと伸ばしていく。
昼の日差しはどんどん力を増し、夜の居場所を少なくさせる。
そんな季節がすぐ背後に迫ったある日。

「可愛い…いいデザインだなぁ…。」
私はショーウィンドウの中のワンピースに引き留められていた。
淡い水色が爽やかなオフショルダーのワンピース。袖から身頃に掛けた薄地のフリルが涼やかさと可愛らしさ、そしてウエストの引き締め効果を存分に出している。ここ、重要よね。
肩を出すスタイルは暑い季節ならではのファッション。なんか気分も上がりそう。

「もうすぐ夏だし、こういうのもありだよね…いいな…。」
なんてじっくり見ていると、ショーウィンドウに映る背後の彼は笑顔でこう言った。

「ほう…これはこれは…。」

ただし、よそ行きの笑顔で。

あれ?ちょっと待って何か不穏な気配なんですけど?

最近分かるようになってきた彼の表情の違いを察知してヒュッと息を飲むと、

「いいですか?夏の紫外線を舐めてはいけません。夏の紫外線は特に日焼けしやすいものが強いのです。あのように肩を晒していては焼け過ぎて肌が火傷のようになってしまいますよ。完治するまで大変ですし何よりせっかくの肌にシミが出来たらどうするんですか。それに空調の効いた場所に入ったら今度は冷えの原因にもなりますからね。」

今度は彼が一息で理を詰めてきた。
まずい。変なスイッチを入れてしまったみたい。
こういう時は笑顔でも妙な迫力がある。

うーん。でも諦めきれないなぁ。
「でも凄く可愛いんだよね。今度の外出の時に着たいな。」
可愛い服を着て気持ちを上げて。その上、あなたにより相応しくなれる。
素敵なファッションは心を強くするから。

引き際も悪くワンピースを見つめていると、隣で微かに溜め息が。

「…仕方ありませんね。これに似合うショールも一緒なら問題無いでしょう。」
その表情は、苦笑混じりだけどいつもの柔らかな空気を纏っていて。
これはこれであまり見ないレアな笑顔なので、つい見とれてしまう。

するとふと視線を逸らせた彼が私の手を取り、お店の扉を指差した。
「ショールを選ぶ時間もありますから、早速入りましょう。」
ショーウィンドウに映るのは、高く晴れた青い空と白い雲、ほんの少し頬が赤くなった私。
思わぬ幸運尽くしに胸を高鳴らせながら、揃ってガラスの扉を開けた。

6/27/2024, 1:40:14 PM

《ここではないどこか》
辛い、苦しい、泣き出したい。
暗くどろりとした感情が心を支配する。
そんな時は思ったもの。どこか遠くに逃げ出したい。
どこでもいい。ここ以外ならきっと自分は幸せになれる。

私は弱い人間だから、今までそうして生き延びてきた。
一度限界を迎え折れた心は、次はいとも容易く砕けてしまう。

だけど、今はあなたのそばにいる。
どんなに辛く、苦しく、泣きたくなるような事が起きても、ここにいる事と引き換えになどできるはずがない。
大きな困難にも逃げることなく折れずに立ち向かった強い人。
あなたの存在は、私の心の暗闇を照らす鮮烈な光。
何も見つけられずに蹲っていた私を、暗い澱から連れ出してくれた。

以前は見つけることができなかった、鮮やかに彩られた世界。
もう絶対に逃げはしない。
他のどこかが苦しみのない世界だとしても、私の楽園はあなたのそばにあるから。

6/27/2024, 1:52:45 AM

《君と最後に会った日》
私は今、一人きりだ。
彼は5カ国間首脳会議とその後に続く各国首脳との軍事貿易に関する協議の為、6日ほど他国へ出向いている。

寂しいな。
たった6日とも言うけれど、これだけの期間彼と離れているのは初めてなのだ。

心の粗食に慣れきっていた私は、ずっと相棒の中から姿を見て声を聞くだけで満たされていた。
それでも心はいっぱいいっぱいになって、想いが溢れてきて苦しいくらいだったのに。
なのにこちらに来て闇の者として監視を受ける身とは言え、他人を無碍にしない彼は無意識だろうけど普通の人として私を扱ってくれて。
あり得ない喜びを毎日受けているうちに、私はとんだ贅沢者になり下がってしまったみたい。

洗面所、食堂、リビング、廊下、玄関。
出立の日に彼が辿った順に家の中を巡る。
まだ眠気が取れないのか、寝室から出る前に身なりは整えていてもほんの少しだけぼんやりとした表情での朝の挨拶。
食材と作り手への感謝が見て取れる丁寧な食事の所作。
交わされる会話の中に織り込まれる私への気遣い。
玄関を出る直前も『身体には気を付けて。』と。それ、私が言うべき台詞なのに。

そんな彼の気配も一日毎に薄くなっていく。
明日か明後日には帰国するそうだけど、心の中の飢えはどんどん加速していく。
あなたの顔が見たい。声が聞きたい。傍にいたい。他愛のないおしゃべりがしたい。

まだ夕方前だけど、私は寝室のベッドに座った体制から身体を横たえた。
飢えた心の声に侵食されていく精神を宥めるようにクッションを抱きしめていると、気疲れからか意識は微睡んでいく。
寝室のドアは開け放したまま。まだ微かに家に残るあなたの気配を感じていたいから。

「会いたい…『あなた』に会いたいな…」
そして、意識は微睡み落ちた。
溢れる想いが口から零れ出た事も、帰国が早まり帰宅した彼がそんな私に優しく毛布を掛けてくれた事も知らず。

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