《誰にも言えない秘密》
闇に魅入られし者。
ずっと大好きだった彼に言い放たれた。
私は果たして闇か光か。それは、この世界の真実を知る私にも分からない。
私の存在が闇ならば、私はあなたに裁かれたい。
迷うことなく、その引き金を引いてほしい。
この身この命、全てあなたに預けます。
あなたの全てを信じているから。
月の御魂に固く誓った。あなたにも明かさぬ、私の決意。
《狭い部屋》
目を開くと、見覚えのない天井。
僕が眠っていたのは、ようやっと自分が寝返りを打てるかという広さの部屋。
そこには床どころか、壁にも何も無い。
そう。外に出る扉さえも。
息苦しさを覚えつつ隠された出口を探す。
無い。こちらにも。ここにも。ただ無機質な白が隙間無く空間を覆うだけ。
なぜこうなったかは理解出来ないが、脱出が不可能な事は理解出来た。
壁に触れながら嫌な汗が流れた時、背後から突如中将の声がした。
「貴様は、邪なる存在である。災いとなる前に処分する。」
驚き振り返ると、誰もいないはずの場所には銃を構えた中将と。
銃の先には、闇に魅入られし色を持つあの少女。
何故扉も無い室内に彼らが現れたのか。
それを考える間もなく、少女と目が合う。
大きな赤紫の瞳には、怒りも暴威も憎悪も無く。
涙と共に悲しみのみを湛えていた。
中将の判断は正しい。僕も同じ見立て故に彼女を監視していた。
が、心の奥から湧き出てくるのは、彼女のくるくる変わる表情。
そして、眩しいばかりの笑顔。
知らず、僕は飛び出し中将の銃へと手を伸ばしていた。
しかし、触れたはずの手は銃を通り過ぎ宙を掴む。
空の掌を信じられぬ気持ちで握りしめた刹那、鳴り響く銃声。
糸が切れた操り人形のように崩折れる細く小さな身体。
抱き上げようと手を伸ばすも、やはり通り抜けて空を切る。
見開かれた目から、消えゆく光。
どうして。どうして。
頭が真っ白になる。何も考えられない。
自分の目から涙が流れる理由すら考えられない。
後悔をぶつけるように、拳が血に塗れる程に壁を殴る。
衝撃で掠れた喉から出るはずもない声は、腹の底からの咆哮へと変わる。
「…どうしたんですか?!大丈夫ですか?!」
気付けば僕は自宅のベッドで身を起こしていた。
自分の荒れた呼吸と鼓動に戸惑っていると、ベッドの横には銃弾に倒れたはずの彼女の姿が。
「すみません。入室は無礼かとは思いましたけど、物凄い悲鳴がしたので驚いてしまって…。」
両手を肩の高さで不規則に振りながら、わたわたとしている彼女。
驚き、不安、気掛かり。それらが綯い交ぜになった表情は、変わらず豊かで。
闇から与えられた赤紫の瞳には、明るい輝きが。
「お騒がせしました。悪い夢を見ただけなので、もう大丈夫です。」
あの夢が現実になるべき。
頭ではそう分かっているはずなのに、咄嗟に出たのはこの答え。
正しいのだろうかと心の中で自問する僕に対し、
「よかった」と呟いた彼女の顔は、見覚えのある眩しい笑顔だった。
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※蛇足ですが、「狭い部屋」の夢が表すものは、部屋の環境や対する感情によって変わるそうです。
《失恋》
伝わることのない想い。叶うことのない恋。
はじめからそれが確定しているのなら、
私の恋が破れるのは果たしていつのことなのか。
流れる時に心がすすがれたらか。
それともこの魂が消え去るときか。
私が一番恐れることは、
この想いが許されざるものとされるとき。
その瞬間こそ、私の恋が破れるとき。
《正直》
ずっと気持ちを押し殺してきた。
願うはずのない願い。届くはずのない想い。
決して交わる事のない世界。
彼方よりも遠い、あなた。
今は違う。
奇跡は起こり、あなたが手の届く場所にいる。
押し潰されていた心は、殻を破り鮮やかに芽吹く。
願ってもいいですか?
あなたの心からの笑顔が見たい。
求めてもいいですか?
あなたへ私の想いを届けたい。
これが、私の本当の気持ち。
もう、誰に恥じる必要もない。
旨を張って言えます。
愛してます。
《梅雨》
幾日も続く曇天から降り続ける雨。
雨音しかしない通りに並ぶ、二つの傘。
濡れる足元にうんざりしつつ隣の横顔を覗き見ると、
ふと合う視線。見たこともない優しい笑顔。
顔が熱くなる。鼓動は、跳ねる雨水のよう。
慌てて傘を顔の影にする。赤い顔、隠せたかな。
やっぱり、雨でよかったかもしれない。
明日もこんな日が続くかな。
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長雨の中、誰もすれ違わない道を歩く。
すぐ横には、僕の目線の高さの明るい色の傘。
言葉はなくとも、ゆるりと解れていくような心地よさ。
かつて僕の頑なさ故に失いかけた存在に感謝しつつ見つめていると、
少し動いた傘からちらりと覗く、大きな瞳。
繋がる視線に浮かれて、つい顔が綻んでしまう。
残念、傘に隠れてしまった。
それでも、一瞬見えた貴女の染まった頬が雨空によく映えて。
ああ、僕は今、こんなにも幸せだ。