突然の大雨に鞄から出そうとした折り畳み傘をしまった。
昇降口で雨宿りしている君を見つけたから。
「すごい雨だね」
「ね。傘持ってくれば良かった」
何気ない会話なのに大きく響く鼓動。
雨の音がそれをかき消してくれる。
「通り雨かな」
「この感じだときっとそうだよね」
本当は天気の話なんてどうだっていいんだ。
僕が話したいことは、ずっと前からひとつだけ。
「今日の小テストどうだった?」
「全然だめ」
「おれも」
臆病な僕とふふっと柔らかく笑う君。
その笑顔は雲間から差し込んだ光みたいだ。
「雨、早く止むといいね」
気持ちとは裏腹な言葉を吐くと、君は首を横に振った。
「……私はまだ止んでほしくないかも」
そう言って照れた笑顔を見せた君に、さっきと同じように「おれも」と返事するだけで精一杯だった。
▷ 天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、
愛があれば何でもできる?
できないよ。
あなたが隣にいなきゃ何もできない。
こんな世界に立ち向かえないし、息さえうまく吸えない。
愛だけ残されたって何もできないよ。
この感情だけ迷子のままで、今も膝を折って泣いている。
頭を撫でてキスをしてお揃いの愛をちょうだい。
それが無理ならこの愛を粉々に打ち砕いてほしい。
そうしたら私は何でもできるかもしれない。
▷愛があれば何でもできる?
初めて知った感情。
この時間が愛おしいのにどうしようもなく怖いんだ。
終わりが訪れる未来を想像しては震えるように寒くなるから。
決して信じていないわけじゃない。
君から贈られる言葉に嘘はないと思っている。
撫でてくれる手のひらからはあたたかい愛を感じている。
でもね、だって、どうしても。
君と出逢ってから、私は臆病になった。
▷君と出逢ってから、私は・・・
大の字になって原っぱに寝転んだ。
夏にも似た五月の暑さ。
背中に当たる草は熱を持ち、その下の土はひんやりと気持ちいい。
気まぐれな雲が風に運ばれていくのをしばらく眺める。
まるで広い空を独り占めしているみたいだと思った。
目を閉じればその先が透けて宇宙が見えるよう。
そこから見た私という存在。
取るに足らない小さき存在。
そんな豆粒みたいな私の、胸の奥にある苦しみなんてそれこそないに等しいもの。
じゃあもういいじゃないか。
泣くのはやめにしよう。
起き上がりまっすぐに前を見据える。
風が舞い踊りながら導く先へ私は歩き出した。
▷大地に寝転び雲が流れる・・・目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?
思い出したくない人がいる。
先日亡くなった最愛の母だ。
思い出すたびに涙が出て立ち止まってしまうから、できるだけ違うことを考えて今も生きている。
もちろん忘れようとしているわけじゃない。
いい加減に扱おうとしているわけでもない。
ただ向き合えていないだけ。
現実から逃げているだけ。
あなたのいない世界でどうやって生きていけばいいのだろう。
そんな思いがいまだ色褪せず、この胸にあるから。
ありがとう。
伝えたかった言葉はちゃんと聞こえていたのかな。
あぁやっぱり考えたくないよ。
ごめんね。
ありがとうとごめんねはまだ紙一重だ。
いつかありがとうだけを伝えられるように、生きていく。
生きていくよ。
▷「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。