気のせいだ、気のせいだ気のせいだ気のせいだ!
きっとこれは自分の思い違いで、向こうはそんなつもりなんて全然なくて!そんなこと考えていること自体思い上がりも甚だしくって!
足早にその場を走り出し、頭に浮かぶ邪念を必死に振り払う。
あんなに何も感じていなかった自分の心臓がようやくこの世に生を受けたかのようにバクバク激しく動き出した。
違う!これは今走っているからだ!そう、そうに違いない!
必死に言い聞かせながら走る頭の片隅で、その勘違いに期待している自分がいた。
疲れきった中年の恋物語が、始まることに期待していた。
sweet memories、そんなタイトルのついた写真がSNSに投稿されていた。
ちらりと目に付いたそこには親友とお客さんのツーショットが映っていた。楽しそうに笑うふたりをみて、そのままサッとページを閉じた。
そんな写真より、本人の顔が見たくなったからだ。
自分だけが知ってる飾り気のない笑顔が。
彼の誕生日を祝うために準備万端、意気揚々と外出して数分後。
バチンッ。
つけていたネックレスのチェーンが外れた。
替え持ってくればよかったのに。後悔先に立たず。
仕方がないからスマートフォンのネックストラップをまるでネックレスのようにかけて乗りきった。
時には冒険も必要だ。
疲れた時にふと空を見あげた。ふわふわと風に身を任せて飛んでいる綿毛を見た時、自分もそうやって飛んでいけないだろうかと思った。
でもどことも分からない場所が水の上だったら?なんて考えたら恐ろしくなって、地に足着いている安心感にホッと胸を撫で下ろした。
ようやく終わった残業。疲れきった身体をギイギイ動かし、帰路に着く。
今日も明日も仕事三昧、最後に遊びに行った日なんていつだったか。
記憶を思い出そうとしてもそんなことに頭を動かす動力さえすっからかんで億劫になり、早々に放棄する。
少しでも早く寝て、明日に備えなければ。そうだ、明日はあの顧客に……なんてぐるぐるしている思考がピタリととまる。
「あ……夕飯」
テーブルに乗せられたそれは俺のために用意されたもの。お皿いっぱいに乗せられた黄色が味気ない部屋の中でまぶしく見える。
子供の頃からの大好物を前に、グゥゥと腹の虫が主張すれば、我慢する理由などどこにもない。
いそいそとそれを持ち上げ、レンジで温める。先程まで軋んでいた身体は油を差したかのように滑らかに動いた。
温まった皿を取り出し、ラップを剥がし、冷蔵庫から取り出したケチャップで好きな模様を描いてみる。
デザインが不格好なのは大人になっても変わらないがそんなことは気にならない。
「……いただきます」
両手を合わせ、スプーンを動かす。口に運び入れたソレにすぅぅ、と気持ちが華やいだ。
「……美味い……っ!!」
いくつになろうが、どんなに疲れていようが、味覚は子供のままで、変わっていないらしい。
大好物のオムライスは、いつだって俺のご褒美だ。