不完全な僕
誰からも愛されない。
いや…そもそも愛し方を知らない。
親から“愛情”と言うもの以外は受け取った。
親曰く、『愛なんて知っても、貴方は育たない。』
そう言われ続けてきた。
幸い、学力等には問題はなかった。
だから僕は“不完全”なんだ。
私の日記帳
紙の上を滑るペンの音が、部屋に響く。
今日も一日を締める為に、今日の出来事を綴る。
書き終えて、そっと閉じる。
明日こそはいい日になるといいな…。
君の奏でる音楽
今日も何処かから音楽が聞こえる。
「はぁ…。書類が終わらない…。」
そう嘆いていると、同じく生徒会の書類を捌いている副会長が、目を通しながら文句を言う。
「終わらないのは、どっかの誰かさんがサボるからでしょ?サボらなきゃ終わってます。」
本当の事を言われ何も言えずにいると、何処からか優しい音楽が聞こえてきた。
「なぁ…赤羽?いつも聞こえる音楽は、誰がやってるんだ?」俺が書類にサインしながら聞くと、赤羽は作業の手を止めて答える。
「多分…彼奴ですよ。一年の【狐火】。楽器が得意らしいっすよ。」赤羽は言い終わると、また書類を捌き始めた。何故此奴が詳しく知っているのか考えていると、赤羽は溜息をつき、「一旦休憩しましょう。休憩がてら言いますよ。」俺はその言葉に目を輝かせた。
休憩しながら赤羽の話を聞く。
「俺もそこまでじゃないっすよ。噂程度の話です。
一年の狐火がやってるって噂。彼奴には欠点があるらしくて、その欠点は【目が見えない】。目が見えないながらも、幼少期から色々な楽器をやってきたから、あそこまで出来るようになったらしい。」
そう言って赤羽は紅茶を一口飲む。
俺はその狐火という奴が気になって、赤羽に居場所を聞いた。
「えぇ…ガチで行くんですか?まぁ放課後音楽室にいるらしいっすよ。あ…水木金曜日だけっすけど。月火曜日は、休む日と検診の日らしいっすよ。」
俺は残りの紅茶を飲み干すと、赤羽にバレないように生徒会室を出た。
「……。本当に物好きな会長だなぁ…。」
俺は会長の残した書類に手をつけた。
音楽室に近づくにつれ、音楽が鮮明に聞こえ始めた。
俺はそっと音楽室の扉を開けた。
中に入ると、ピアノを弾いている女子生徒がいた。
女子生徒の目線は虚空を見つめていたが、手は確実に音を捉えて奏でている。
俺は音を立てないようその辺の椅子に腰掛けて、彼女が奏でる音楽に聴き入った。
彼女が奏でる音楽は、優しくとも消え入るようなものだ。
彼女が弾き終えると、俺は拍手してしまった。
驚いた彼女は周りを見渡していた。
俺は足音を立てて彼女に近づいた。
彼女は驚いたが、俺がそっと触ると俺の手に触れてきた。
「あの…いつから聞いていたんですか…?」
彼女の焦点は合っていなかったが、俺は気にせず彼女に答える。
「途中から。生徒会室にまで聞こえてきたから、気になってな。」
俺が答えると、彼女は申し訳なさそうに言う。
「すみません…。うるさかったですか…?」
俺は慌てて否定する。
「そんな事ないぞ!むしろ…綺麗だった。」
彼女は恥ずかしそうにしていたが、またピアノを弾き始める。俺は彼女の隣に座り一緒に弾く。
今日も彼女と一緒にピアノを弾く。
狐火はいつの間にか俺の恋人になった。
俺の幸せと彼女の幸せは、ピアノの旋律に乗って奏でられる。
麦わら帽子
高校生になってから、初めて父の実家に帰省した。
父の実家はかなりの田舎で、畑や田んぼばかりだ。
私は両親と一緒に向かっていると、田舎に近づくにつれ、自然が多くなってゆき、両端の道には向日葵が咲き乱れていた。
やっと父の実家に着くと、祖父たちは優しく私たちを迎え入れてくれた。
荷物を置くと、私は日焼け止めを塗り、銀色のラメが入った白いワンピースを着て、麦わら帽子を被り、田舎道を散歩しに行った。
ゆっくり田舎道を歩くと、向日葵がそこらじゅうに咲いていた。
「綺麗に咲いてるなぁ。」そう言いながら、歩き回っていると、急に強い風が吹き、私の帽子を攫って行った。
慌てて追いかけると、誰かが帽子を取ってくれた。
「すいません!ありがとうございます。」
そう言って顔を上げると、幼馴染だった。
終点
(まだ眠いな…。もう少しだけ。)
私がそう思っていると、脳内に響く誰かの声。
『まだダメだよ。目を覚まして。』
誰かに呼ばれているけど、誰だか分からない。
でも、目を覚さなきゃいけないの?
『ね?早く目を覚まして?』
ふと目を覚ますと、そこは見知らぬ駅。
(此処は何処?何で私は此処にいるの?)
私は周りを見渡すと、駅名が目に入る。
《想い出駅》
“想い出駅”…?そんな駅名存在したっけ?
何となくその場で電車を待ってみた。
電車を待つ間、駅の周りの景色を眺めてみる。
駅の周りは、暖かく自然が溢れる良い場所だ。
優しく吹く風は、私の髪をそっと靡かせてゆく。
何となく、“彼”と来た場所に似ていた。
駅に電車が到着した。
到着した電車は、透明感のある白色をしていた。
私は無意識にその電車に乗っていた。
車内は何処となく、温かみと懐かしさを感じさせる雰囲気がある。乗客は少ないが、老若男女関係なくいる。私は空いている座席に座る。
座った瞬間放送が入った。
『この電車は終点まで止まりません。しかし現世に戻りたいのなら、想い人の呼び声に答え時に戻ることが可能です。それ以外に戻ることはできません。』
その放送が流れても、私を呼ぶ人も想い人もいない。
だから、私は“終点”まで乗り続ける。
さようなら。
私の想い人よ…。