たちもり

Open App
3/27/2023, 9:35:06 AM

「その背丈よこせ」
「お前の声が羨ましい」
「ショート似合うようになりたい~」
「その靴めちゃくちゃ欲しかったやつ!」
「足速くなりたいよ~……」
「もう少し要領よく生きられたらな」
「視力を戻したいです」
「お兄ちゃんが欲しかったぁ」
「帰るのめんどくさいワープ機能くれ」

 毎日毎日、よくもまぁ願いが尽きないことだ。あくびをひとつして丸くなる。頭上の声は今日はたくさん。不満と羨望と夢を語っては、けらけらと笑っている。楽しそうで何よりだけど、今はちょっと邪魔。専用の座布団の上に寝そべっているのが分からないのかしら。
 ぴく、ぴく、と耳が揺れる。否が応でも賑やかな音を拾ってしまうこの耳が、今はちょっといらないかも。
 なんてことを思ってたら、不意に音以外の気配を感じて耳が跳ねた。ぱち、と目を開ければ、目の前に大きな手のひら。自分の形と違う、でも見慣れたその手は、大きく視界を覆って──。
「こはくは、何かほしい?」
 手のひらいっぱいを使って、優しく頭を撫でてきた。手のひらに沿って、耳がペタリと倒れる。心地よく撫でられながら、聞かれたことを考える。
 ほしいもの、ほしいもの?
 今とっても眠いから、ちょっとだけ静かにしてほしいよ。でも撫でられるのは気持ちいいからもう少し続けてて。起きたらおやつがほしいなぁ。
 それから、それから。
「み、にゃ~」
「えぇ、何のおねだりかなぁ」
 楽しそうに笑う、あなた。

 あなたと話せる、言葉がほしい。




【ないもねだり】
(──by ところにより雨)

3/25/2023, 1:45:35 PM

 例えば。
 鳥が優雅に飛んでいるとき。
 例えば。
 小さな子どもの泣き声が聞こえたとき。
 例えば。
 とてもとても背の高い人を見かけたとき。
 例えば。
 大っ嫌いな虫を見つけたとき。
 ついつい、目で追う。それはただ自然と、無意識に。聞こえた音を、触れた温度を、見つけた色を、把握するために視界が動く。犬が動いてるものを追いかけるのと同じように。きっと、これは生き物の習性。
 だから。
「お前、見すぎ。惚れてんの?」
「自惚れんな、バーカ」
 この見慣れた笑顔が頻繁に視界に映るのは、そういうこと。自然の摂理。生存本能。未確認であることを拒む、心臓の訴え。
 だけど。
 世界から外す程、嫌ってはいないんだよ。
 なんてことを、伝えようとも思わなかった。


【好きじゃないのに】

3/24/2023, 1:37:21 PM

 雨が降っている。
 ベッドの上から出窓に頬杖をつく。膝の上には大きなぬいぐるみを起いて、しとしと、しとしと、空から地面に落ちていく細切りの雫を眺めていた。濡れた窓ガラスが景色を歪ませ、斑点のような水滴の中では世界が裏返る。自身の重みに耐えかねた小さな世界は窓ガラスを伝い、窓の桟にぶつかってあっけなく潰れた。
 ねむい。
 感慨もなく、そう思う。
 雨の日は全てが億劫だった。頭の中の遠くの方で痛みを感じるし、薄暗い空は意識の覚醒を妨げる。予報外れの雨ならもっと最悪だ。たまった洗濯物は処理できず、向こう1週間の食材を手に入れることすら一苦労。こうなったら全てを放り投げて、ただベッドの上に大の字に倒れ二度寝を決め込むことしか至福の時間は訪れないだろう。
 ぱたぱたと、外に誘うように窓が鳴る程に、意欲の扉は閉じていく。もう本当に今日という生活を捨ててしまおうかな。そう思ってかろうじて伸びていた上半身をスプリングの海に擲ったところで。
「にぁ~」
 肩の力が抜ける、ずいぶんと愛らしい呼び声が耳に飛び込んだ。突っ伏していた顔を横に流せば、にゃ、と小さな音を放つ口がすぐ目の前にある。
「こはく」
 いつの間に傍に来ていたのか、真っ白い毛並みが視界に広がる。ほっぺがつつかれるように冷たいのは、ふんふんと匂いを嗅いでいる猫の鼻先が触れているからだろう。その子は一通り嗅いで満足したのか顔を話すと、白い毛並みをすっと引いて、みぁ~と間延びする声を上げた。おすまし顔でしゃんと座る我が家の白猫様は、声に似合わず随分とエレガントだ。
「あ~、ご飯か……。………………あとちょっと待ってくれないかな」
 頭をベッドにつけてしまったら、億劫さに磨きがかかってしまった。今日は連勤後の休日だし、あと5分の睡眠時間の延長を許してもらえないだろうか。そう、アディショナルタイムといったところだ。
 しかし、自分に与えられたアディショナルタイムは、たったの10秒程度だった。
「あて、いててて、待って待ってこはく、ちょ、いたいって」
 起きろと言わんばかりに、ぷにぷにの肉球が瞼をぐりぐりと押した。目を覆う薄い皮を持ち上げるように頑張りすぎて、ほんのりと出た爪がぷすりと瞼を刺す。流石に痛くて顔を持ち上げて逃げれば、視界が少しばかり滲んでいた。どうやらこの我儘猫のせいで、自分の視界まで雨もようになったらしい。
「まったくもう、しょうがないなぁ」
 はぁ、とため息の後、伸びをする。ようやくベッドから足を下ろせば、満足そうな鳴き声が部屋に響いた。そのまま走って出ていく白い毛玉の後を追う。
 今日の天気は雨。だけれど、自分の瞳を覆っていた雨粒は晴れ、気持ちを覆っていた雲も少しばかり晴れた。寧ろ、雨が降っているのは窓の外だけだ。お陰様で、ちょっとした家事くらいは穏やかにできそうだ。
 我が家の愛猫様々だな、なんて呟いて、感謝の気持ちから餌やりに急いだ。


【ところにより雨】