#27 たそがれ
清々しい青空が次第に茜色に染まっていく。
黄昏時だ。
金木犀香るこの時期の夕焼けはどこか懐かしく儚い気持ちになる。
仕事でも休日でもやることもなくダラダラと過ごした1日を忘れられるこの時間。
窓の外を見て1人想いに浸っていた。
「**君。またたそがれているのか」
太く低い落ち着きのある声。
「部長」
片手はポケットに手を入れて、もう一方の手にはコーヒーを持って立っていた。
「この時間になると何もかもがどうでも良くなってしまうんですよね…」
この人だけには本音を話せる。そんな人だった。
「どうでもいい…か…。君は今の人生をどう思っている?」
「どうって…?」
「私は必死に生きてきた。嫌いな先輩がいてね。その人には負けたくないと必死に足掻いてここまで来たんだ。もうその先輩は辞めていってしまったけどね。見返すことはできたんじゃないかな?」
「部長にもそんなことがあったんですね…」
「そうなんだ…でもどうだろう。その先輩を見返すために必死になって働いてきたけど、部長になった今は守るものも背負うものも多くなっただけで、あの頃のように必死になることは出来ない」
そう言って部長は持っていたコーヒーをゆっくりとひとくち飲み込んだ。
「だから**君。君には必死になれる何かを見つけて欲しいんだ。人生が黄昏れる前にね」
しぐれ
#26 ジャングルジム
土曜日の午後、
閑静な住宅街に元気な子供たちの声が響き渡る。
「ここ俺の陣地〜」
ジャングルジムのてっぺんに登って
周りの子たちに自慢する少年。
それに対抗しようと無我夢中で登る少女
ただただ立ちすくむ少年
私は関係ないとほかの遊具で遊ぶ少女
見ているだけで何故か癒された。
「懐かしいなぁ」
久しぶりの土曜日休みで近所の公園に散歩に来ていた私は、遊具を見てあのころの自分を思い出していた。
毎日のように幼なじみと公園で遊んで
遊具の取り合いをしていた。
ジャングルジムのてっぺんを共に取り合った
あの子は今どうしているだろうか。
そんなことを思いながら自販機で
買った缶コーヒーをひとくち飲む。
今度地元に帰ってみようかな。
そんな中で気づいたことがある。
子供時代の争い事は可愛いもんだと思ってしまうけど
大人になった今、社会に出て争うのは訳が違う。
人生ってジャングルジムなのかな。
しぐれ
#25 花畑
「私、ここで前撮りしたいの」
ある時、地元に帰ると久しぶりに幼なじみに会った。
思い出のカフェで思い出のコーヒーを注文する。
そして彼女の口から
結婚すると告げられた。
お気に入りのドレスも見つけて
満足気な彼女だったが
どこか引っかかるところがあるらしい。
話を聞いてみると、
前撮りをするらしいのだが
どうやら彼と撮影場所で揉めたらしい。
僕にとってはどうでもいいこと。
2人の頭の中がまるでお花畑だなと思いながら
目の前のコーヒーを啜る。
よくよく話を聞いてみると
お花が好きな彼女はドレスを着て
地元で有名な花畑での撮影をしたいというが
彼氏は真逆で
シンプルな教会で撮った方が絶対に良いと
聞かないようだ。
本当にどうでもいい。
「それは大変だったね」
と軽く相槌を打って話を聞いていた。
その日はお互い予定があったので
早めにお別れをした。
その帰り道ふと考えてみた。
結婚かぁ。
幼なじみは初恋の相手。
あの子の記念の写真なら
しっかりとドレスも写してあげたい。
「あ、そういう事か…」
彼の言いたいことがわかった気がする。
記念の写真なら彼女が主役であって欲しい。
花がいっぱいだとドレスも隠れちゃうし、
花に目がいってしまう…。
彼女との再会を思い出しながら
実家に帰り、ふと幼い頃の写真を見返したくなった。
「あ…ここって…」
写真の中の1枚に
あの花畑ではしゃいでいる
幼稚園の頃の僕と彼女が写っていた。
しぐれ
# 24貝殻
綺麗な貝殻を浜辺で見つけた。
唯一無二の輝き。
あの時見た君のように
綺麗だった
しぐれ
#23 些細なことでも
「そんな些細なこと気にするなよ」
今日、彼と喧嘩をした。
きっかけは彼がトイレの蓋を
しめなかったことから始まった。
なんで前から言ってるのに閉めてくれないんだろう。
彼にはそういうところがある。
お茶を飲む時、必ず1杯分だけ残すところ。
スナック菓子を中途半端で食べ残すところ。
扉を微妙に開けておくところ。
あげればあげるだけキリがない。
些細なことだけど、積み重ねる度に
イライラも募っていく。
そして今日、爆発してしまった。
少し時間が経って頭が冷えてきた。
些細なことと言えば、
彼は私が何かをする度に
どんなに些細なことでも
「ありがとう」と言ってくる。
そんな彼に惚れたんだ。
謝りに行こう。
ふと玄関を見ると花瓶に入った花があった。
「そういえば花瓶の内側汚れてたし
水入れ替えるの忘れてたな…」
水を入れ替えようと花瓶を覗き見る。
すると綺麗になった花瓶に綺麗な水がはられていた。
「え、そうか…」
そういえばこの間、彼がやってくれてたんだった。
些細なことでもやがては大きなものとなり、
気づかなければいけないことも中にはあるんだ。
どんな些細なことでも
「ありがとう」
と言えるように私も努力しないとな。
しぐれ