#12 海へ
「こっちこっち〜!」
夏休み子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。
日差しは砂浜を熱し、素足じゃとても歩けない。
「元気だなぁ……」
海ではしゃぐ子供たちをみて少し羨ましく思った。
自分もあのころは友達と海に来たら
一緒にはしゃいでたな。
そこにあるすべてのものが遊び道具だった。
海水、砂浜、貝殻。
どれもこれも夏の思い出だった。
しかし、今はどうだろうか。
あのころは遊ぶために海へ訪れていたのに。
今は疲れを癒すために海に来ている気がする。
「疲れているんだなぁ」
そう思いながら、
次第にあのころの気持ちを取り戻したくなってきた。
気がつけばサンダルを脱いで、
熱々の砂浜を走り出し、海水に足を進めていた。
昔のようにはしゃぐのも癒されるかもしれない。
そう思った夏の思い出。
しぐれ
#11 裏返し
彼と喧嘩した。
「そのシャツ裏表逆じゃない?」
え?シャツが逆?
ほんとだ気づかなかった。
「ち、違うし、こういうデザインなの」
強がって嘘をついた。恥ずかしかったんだ。
素直に「ほんとだ、ありがとう」って
言えれば良かったんだ。
そんな些細なことがキッカケだった。
今思えばくだらない。どうでもいいことなのに。
「私が悪かった」で済むはずだったのに。
関係のないことまで言い合った。
彼とは数日口を聞いていない。
まだ怒ってるかな。嫌われてないかな。
向こうから話しかけてくれないかな。
とか、甘えたことばかり考えている。
そんなんじゃだめ、自分から行かないと。
「あのさ、この間はごめんなさい」
「何が?」
え、怒ってる?
「あの、シャツのこと……だけど……」
「あぁ、全然気にしてない!
あーゆーデザインもあるんだなぁって思ったし
まぁ、気にすんな!」
「そっか、ありがとう……あのさ」
「ん?」
「私の事どう思ってる?」
「……好きだよー?」
心がひっくり返り、
プツンとどこかで何かが切れた感覚がした。
しぐれ
#10 鳥のように
幼い頃から父親が苦手だった。
いつも真面目で厳しくて、
絵に書いたような頑固親父だった。
でも、そんな苦手だった父も
「結婚する」と伝えたら一緒に泣いて喜んでくれた。
「そんな顔するんだ……」
ふとそんなことを思ってしまった。
両親に感謝を伝えたくて、
結婚式を挙げることにした。
決めることがいっぱいで大変だったけど
あっという間に過ぎていった。
そして
先月、父が病で亡くなった。
「なんで今なの……」
涙とともにそんな言葉がこぼれ落ちた。
そのとき、母が言った。
「これ、お父さんからあんたへって」
それは結婚式の費用だった。
「お父さんね、あんたの結婚式を私よりも楽しみにしてたのよ?『この鳥のようなモーニングを着て一緒に歩くんだ』って近所の山田さんにまで自慢してて……」
そんな父の姿を私は想像出来なかった。
______
そして結婚式当日、桜が満開に咲くこの季節。
天気がとても良かった。
いざ、入場のとき。
ミスしないかな。大丈夫かな。
途中で泣いちゃってメイク崩れないかな。
いろいろな心配が直前になって込み上げてくる。
「それでは入場になります」
スタッフの声で
目の前の大きな扉がゆっくりと開いた。
席を見ると
列席してくれた友人家族の顔が目に入る。
「あぁ、なんだろうこの気持ち……」
不思議な感覚でバージンロードに足を進め始める。
すると私の頭上を、
しっぽの長い1羽のツバメが飛んでいった。
そして、式会場から歓声や拍手が沸き起こった。
「お父さん……」
最初から涙が止まらなくなった。
ありがとう……。
しぐれ
#09 さよならを言う前に
「初めまして」
出会いは別れの始まりだ。
別れが辛くなるから
誰とも関わりを持ちたくなかった。
別れが辛くなるから
あなたに出会わなければよかった。
でも、今日ここであなたに出会った。
幼い頃に飼っていた犬がいた。
産まれた時から一緒に過ごして、
まるで親友のようだった。
「ただいま」
そんなあるとき、いつも通り家に帰ると
動かなくなった親友がいた。
心の準備ができていなかったこともあって
一日中泣いた。
初めて学校も休んだ。
「さよなら」
その一言を発するのにも時間が欲しかった。
その一言じゃ済まされないと思っていた。
だから私は
「ありがとう」
そう伝えた。
それからずっと出会いを恐れていた。
でもあなたに出会って
そんな私を変えてくれた。
しぐれ
#08 空模様
「こりゃ大雨だな」
夏の日差しがジリジリと肌を焼く午後2時。
心地よい風の吹く中、公園を散歩をしていたら
ベンチに座っていたおじいさんが言った。
何を言っているの?
雲ひとつない青空が一面に広がっていて
太陽がこれでもかというほど大地を熱しているのに。
「お嬢ちゃん、傘を持っていないのなら急いで帰りなさい」
え、私?
確かに傘は持っていないが、
急に話しかけられたことに驚きを隠せなかった。
「わかりました、でもどうして?」
不思議に思ったのでおじいさんに聞いた。
「空と会話をしてるんだ、ほら風が吹いているだろう?」
え、空?会話?
よく分からなかったがなぜか納得した。
そんな会話を交わしたあと、買い物をしてから
家に帰る途中。
午後3時
次第に空は厚い雲で覆われて灰色に染まり、
やがて陽の光は届かなくなっていった。
気が付くと先の天気が嘘みたいに
大雨へと変わっていた。
「雨だ」
全身濡れながらもなんとか家に着いた。
「風……」
_____
「今日はいい天気だね」
親友のあゆみとのお出かけ。
夏の日差しがギラギラとふたりを照らす午後3時
風がとても心地よかった。
風がとても……心地いい……。
「ねぇ、今から映画館行かない?」
「珍しいね、いいよ行こう」
特に観たい映画もなかったし、
何が上映されているのか分からなかったがとりあえず映画館に着いてチケットを購入した。
すると、
天気は急変し大雨になっていった。
ほんとに降ってきた。
「知子みて、雨降ってきた。
タイミングよすぎじゃない?どうして?」
「空と会話したんだ」
しぐれ