宝物ってなんだろう、人とのつながり?いや、たぶん、手だと思う。ピアノをやるにも、縫い物や食べ物を作るにも、動くのはその手だ。両親がくれた身体、きょうだいがくれた優しさ。それを余すところなく表現してくれるのは、私にとっては二つの手だと、いつも守りながら思っている。
キャンドルの灯りと、蛍光灯の明りでは、何が違うのだろうか。私が部屋を初めて賃貸で借りたとき、室内で真っ先に決めたのは、「温かみのある照明にすること」であった。
それは白く光った蛍光灯ではなく、白熱灯のことであるが、その温かみのあるキャンドルの灯りのような色あいは、全てを明るみにさらすのではなく、何かを内包して、そっと肯定してくれる。空間によって人は安心を得たり、反対に不安にもなると思うが、温かい色あいの灯りの下、安らいだり、ほっとして眠くなるような人は、私以外にもいるのではないかと思う。
どんなところにいても、どんな生活でも、その灯りのように、火の温かさのように。
たくさんの想い出と、2、3の想い出が深く深く楽しめるのでは、どちらのほうが。どちらも大切な想い出。溢れる前に、一つずつ保存して、味わい尽くしたい。次に繋がる営み、一歩ずつのステップ。
冬になったら、私は変われるのだろうか。
いくつになっても、わがままな子どもでいられるのは、温かい両親の前でだけである。「変わりたい」「どうせ変わったって…」という心の彷徨う様を、私はいつまで眺めているのだろうか。どうせ、眺めてるだけなのに、どうして何度も何度もそう感じ考えようとするのか。
どんな小さな反応でも、意味や原因無くして起こる事象はないと思う。何の理由もなく子どもが泣かないように、その出来事の裏側には、必ず何かがある。
果たして私という人物は、どこへ向かおうとしているのか?否が応でも、生きていくということはたった一人、自分だけの旅、自分だけとの旅なのだと痛感させられる問い。別に、変わらなくたって、いいじゃん。私だけ生きていけてれば、何の問題もないじゃん。
そう気軽に示せたなら、きっと苦も楽もない、のっぺらぼうの人生だ。私の好きな、大好きな周りの友人や街々や感情は、そんなことでは見向きもしないと思う。山があり谷がある、辛いこともあるがその分花が咲くように笑える日が来るということを、心のどこかで私は分かっている。
大丈夫だ、とは簡単に自分には言えないが、好きなものがある限り、好きな人たちが心の中に生きている限り、少しだけ前に進んでみよう、と思える。その小さく胸に刻む約束を、今日も握って生きていく。
今も、はなればなれである。旅というのは時に切ないもので、そこにいさえすれば幸福なのに、そこから去り、その人たちと会話することができなくなった途端、郷愁に駆られ、心に隙間風が吹くのだ。
去年旅したある島々では、私の中に今までなかった感情をもたらしてくれる人々がいた。どんなに私がへなちょこでも、駄目な姿を見せても、遠いところから来たというだけで、ずっと見捨てなかった。諦めないで、きちんと私のことを理解しようとしてくれ、話を丁寧に聞いてくれたのだ。
都会の生活に馴れた私にとっては、一人のひとをこんなにもまるごと愛そうとしてくれる人たちがいること、それ自体がもう希望で、私がなりたかった自分像であったことも、都会に帰ってきてから思い出した。
心はまだ、あの島の風景や人々との会話、笑顔に引っ張られている。たまに連絡するその返事一つで、もし戻れたときに「待ってましたよ」と、迎えてくれるようなイメージが、まだ湧いているのだ。
はなればなれでも、きっと、どこかで元気に生きている。どんなに時間がかかっても、必ず会いに戻る。それが、これからの生きる支えであるから。