『君は今』
君は今、死んでいる。
物言わぬ屍の成り果てて、朽ちゆく定めを待っている。
……それを覆すのは、僕のエゴだと知っていた。
だが、それでもどうか許してほしい。
君の笑顔が二度と見られなくても、君の声をもう一度聞きたいと思ってしまったのだ。
今宵、君はキョンシーとして、生まれ変わる。
○○○
幼馴染が居る。
元気で快活で、男前のイケメンだ。
ネクロマンシーなんていう、根暗な家業の息子に生まれてしまった僕に対しても、関係ないと仲良くしてくれた。
狩りが上手くて、みんなから頼られていて。
僕は少しだけ、彼が疚しかった。嫉妬した。彼みたいになりたかった。
ある日の事だ。
唐突に彼は死んだ。事故だった。
崖の岩が降ってきて、べしゃり。
誰も悪くなかった。
だから、こそ僕は苦しかった。
死ぬ前の日、彼は僕に約束をしていたのだ。
『商隊の旅から帰ってきたら、お前に伝えたい事がある』
少し嬉しそうに、頬を染めながら、彼はそう言っていた。
好きな子でも出来たのだろうか。
僕はドキドキしながら、それを待っていた、待っていたのに。
彼から告げられることは、もう二度とない。
伝えたい事とは、いったい何だったのか。
……泣き寝入りするには、時間に任せて忘却の彼方へ諦めるには、僕の家業が頭から離れなかった。
ネクロマンシー。死体を動かす技術。
決して、死者を蘇生させる訳ではない。
しかし、紛れもなく本人だ。本人なのだ。
ほんの僅か、たった一言でいい。
……君の言葉が、僕は知りたかった。
僕がキョンシーを作る材料を集めるため、父の元を訪れたとき。
父は僕がしようとしていることに対して、何も言わなかった。
肯定もしなければ、否定の言葉も無かった。
ただ、一言。
『人間は、親しい者の死を、すぐさま受け入れられるほど、強くはない……それは、本人自身であっても、だ』
『そして——必ず、その対価を支払うことに、なる』
その言葉が、心に深く残った。
……それでも、辞めるわけにはいかなかった。
「できた」
準備は完了した。
あとは、起こすだけだ。
はじめてのネクロマンシーだ。
知識と手伝いだけは、たくさんしてきたけど。
一からやるのは、今回がはじめて。
……上手くいくのだろうか、いや、絶対に成功させなければ。
バクバクする心臓を抑えつけ、僕は唇を強く噛み締めた。
「——起きて」
そうして、君は今——。
おわり
『物憂げな空』
物憂げな空が語りかけてきた。
「眉毛、落っことしたんやけど、知らん?」
……どうやら、空にも眉毛があるらしい。
○○○
もうすぐ春だ。
桜が満開に咲き誇り始めた矢先、雨が降った。
斑にピンクの花弁が絨毯のように散る道路を踏みしめながら、僕は散歩していた。朝の日課なのだ。
ふと、空を見上げた。
真っ白い雲がまばらに存在する青空。
きっと小学生達が、雲を一つずつ指差して、アレは何何の形の雲、とか言い合うのだろうなぁ、なんて思っていた。
……変なモノをみた。
眼だ。しかも、なんかしょんぼりした風な眼。
じっと目があった。なんだろう、これ。
首を傾げていると、脳内に響くような声がした。
「眉毛、落っことしたんやけど、知らん?」
きっと、これは、目の前の空が語りかけてきているのだ。
直感的にそう思ったが、念の為僕はあたりを見回す。
……やはり、誰も居ない。
観念したように、空を見上げて僕は口を開いた。
「僕は見てないですね。どこら辺で落としたんですか?」
「どこやったけなぁ、なんかぎょうさん氷がたくさんあって、空に光のカーテンが揺らめいとったわぁ」
……光のカーテン、オーロラの事だろうか?
「たぶん、南極か北極か……アラスカだと思いますよ」
そう言って僕は、そちら側を指差してみせた。
「ほんま? ありがとうな~」
眼がパチリと瞑ると、まるで童話のアリスに出てくるチェシャ猫のように、空中に溶けて消えた。あとには何も残っていない。
……夢でも見ていたのだろうか。
僕は不思議な気分になりながらも、散歩を続けて家に帰った。
○○○
数日後、ニュースにて『アラスカで巨大な眼が出現!?』という見出しを観た。
どうやら、アレは夢では無かったらしい。
僕はほんわりとお気に入りの湯呑みを片手に持ちながら、眉毛が見つかっていたらいいなぁと思った。
おわり
『小さな命』
小さな命が咲いていた。
だから、僕は笑って——その命を摘み取った。
○○○
春が、少しずつ顔を出している。
山々には桜が咲きだし、山の一部がピンクに彩られ、山が春模様の服を着飾り始めたみたいだ。
小学生の僕は、おばあちゃんに言われて山に来ていた。
腰の悪いおばあちゃんの代わりに、山菜を取るためだ。
おばあちゃんは……山菜の中でも“ふきのとう”が一番好きで、ふきのとうを、食べないと、春が来ないと言う。
食べ物を食べないと、春が来ないとはどういうことだろう。僕は首を傾げながら、頷いた。きっと大人になったら、わかる。
朝に山に入った筈なのに、どうしてか、既にあたりは日が暮れようとしていた。
不思議だなぁ、と僕は思う。ちょっと寄り道して、鹿を追いかけてただけなのになぁ。
僕は頑張って、おばあちゃんのために、ふきのとうを探した。
そして、日が沈むか沈まないかのギリギリのところで、僕はふきのとうを、見つける事ができた。
ふきのとうは五つ、あったが、僕は三つだけ、採ろうと思った。
おばあちゃんが、そうしなさいと言っていたからだ。
『山のものは生きているんだから、山に住まない私達はソレを尊重してやらにゃあならん。私達はあくまでも山にお恵みを戴く立場なんだよ』
難しくて分からなかったが、このふきのとう達も山に生えているのだから、きっと僕のペットと同じように、懸命に生きているのだろう。
小さな命が咲いていた。
だから、僕は笑って——その命を摘み取った。
僕のペット、ニワトリのコッコも、いつかこうやって食べられる日が来るんだろうな。って僕はそう思った。
暗くなってしまった山を、僕は怪我しないように気をつけながら、駆け下りた。
麓付近になり、振り返った山の姿は、どこか厳格に見え、厳かに僕らの暮らしを見守っているように見えた。
僕は少し怖くなり、姿勢を正してペコリと一礼して、おばあちゃんの元へ、しっかりとふきのとうを握りして駆け出した。
今日の夜ご飯は、ハンバーグがいいなぁ。
それか、ニワトリの唐揚げ。
おわり
『Love you』
Love you.
But,do not you love me.
(あなたを愛しています)
(しかし、あなたが私を愛することは無いでしょう)
○○○
異国の空気に触れたとき、私は感動した。
世界には、こんなにも素晴らしい国々があったのか、と。
春夏秋冬の四季折々。
美しい桜が咲き乱れ、散っていくなか。私は一人涙を流したことがある。まるで、天国にいるようだと思った。
私の生まれた国は劣悪な環境で、しかし私はそれを劣悪だとは思わなかった。それが普通だったからだ。
毎日、毎日。私はゴミの山で寝起きし、起きたら街へ仕事をしにいく。空き缶を拾う仕事だ。たまに憂さ晴らしに蹴られることはあるが何てことない、この仕事をすればよくあることで、骨を骨折しないように蹴られ、ふっ飛ばされる方法は既に身につけていた。中には、高等テクを磨いた爺さんがおり、全く自身は怪我をしないのに数メートルふっ飛ばされ、壁に打ち付けられるというトンデモ爺さんも居る。あそこまでいくと、あれは一種の芸術なのではないかと、子供ながらに尊敬の眼差しを向けたものだ。なかなか怪我や病気で長生き出来ないなか、あそこまでの年齢を生きたものは、やはり持ってるものが違う。吹っ飛べば吹っ飛ぶほど、金持ちからの投げ銭も大きくなる。爺さんは一時期、それで3食も食べることが出来ていたらしい。凄い。普通は一日一回食べることが出来れば上々なのに。何も食べるものが無くて、くちくなるお腹を抱えて、明日はもっと頑張ろうと蹲りながらゴミ山で夜を過ごすこともよくあることなのに。
だけど、この国は違う。
そんな者は、居なかった。ただの一人も。
学校、という存在があるらしいことは知っていた。
自分には縁のないものだと思っていた、いや今も思っている。
この国では、どうやら子供はみんな学校に通えるらしい。
みんな、みんな、だ。すごい。まるで夢のようだ。
しかも、それを国、というものが負担してくれるらしい。
……こんな国に生まれたかった。
最初、その存在を知ったとき、私はそう思った。
だが、この国に生まれたものが、みんな幸せになれる訳ではない。ないのだ。……何故だろう。こんなに、あなた達は恵まれているというのに。
虐められている男の子をみた。
私には訳のわからない、すごく下らない理由だった。
正直に言おう。虐められている男の子に、虐められる理由など無いように思えた。
虐めたい人間がおり、その憂さ晴らしに彼を偶然選んだのではないか、私は虐める人間の瞳をみて、そう思った。
なぜならば、その瞳に覚えがあったからだ。
私を蹴っていた人たちの瞳だ。
憂さ晴らしがしたくて、でも何にも当たれなくて、私達を蹴ることで生きている事を実感し、自分は価値のある存在だと安心する事が出来る者たち。
私達は彼らに蹴られる。それを見て彼らは、彼らにとってのはした金を見世物料金のように対価を払う。私達はそのお金でもって腹を満たす。
私達の場合はある種の共存関係にあった。彼らには私達が必要であったし、私達には彼らが必要であった。
しかし、この国の者たちは違う。歪だ。バランスが取れていないように、思える。
イジメられる側が一人しかおらず、仲間が居ない。一緒に頑張ろうと勇気づける仲間も、爺さんのように上手い対処を教えてくれる尊敬すべき存在も、何よりもイジメられる側にはイジメられることによって得られる対価が何もない。特がない。
もしかしたら、私が天国だと思っていた国は、見た目が良いだけの地獄なのかもしれない。
私はそのとき、はじめて。この美しい国に対して、そう思った。
だけど、私はこの国に失望することは、無かった。
——美しかった。美しいと思ったのだ。
一度、虐められた男の子が、川に飛び込もうと、もう死んでしまおうとしていた事がある。
私はなんとかして、それを阻止したかったが、私は無力だった。なにも、出来なかった。私の声は何一つ、届かなかった。
悔しい思いでザワザワする心を抑えつけ、必死に、今まで祈ったこともない神に祈った。どうかこの少年を助けて下さい。彼はまだ、こんなにも幼いんです。大人の力が必要なんです。私の生まれた環境は劣悪だったかもしれない。だけど、あそこには愛があった。周りの大人達が私達を見守ってくれていた。仲間が居たんです。彼には一人も居ない! 孤独だ! 私はこの国を天国だと思っていました、次に生まれ変われるなら、この国が良いと思っていました。でも、もうそんなワガママは言いません。次に私が生まれるのは、もっと劣悪な環境でもいい! だから! だから、今だけは……今だけは、この少年を、助けて下さい……お願いします。
「あなた、どうしたの? そんなところで」
必死に祈る。そのとき、一人の老婆が男の子に話しかけた。
ポツリ、ポツリと雨粒が落ちるように、少しずつ話し合う二人。
深刻そうな顔をしていた少年は、少しずつ顔が和らぎ、二人が別れる頃には、少し拙い笑顔すら、久しぶりに見せてくれた。
——少年は、それから変わった。
一人でうずくまって泣くように、過ごすのをやめた。
涙を拭いて、立ち上がって真っ直ぐ前を向いて、胸を張って歩くように、生きた。
少年が青年になり、彼が最愛の人を見つけ、結婚式に二人で立った。新婦の彼女が、彼への愛を口にするなか、私は彼へ思った。
Love you.
But,do not you love me.
(あなたを愛しています)
(しかし、あなたが私を愛することは無いでしょう)
——Because,I'm DEATH long ago.
(なぜなら、私はとっくの昔に死んでいる幽霊だからです)
……どうか、辛い苦しい過去を背負ったあなたが、辛かった分まで幸せに生きられますように。
おわり
『太陽のような』
机の上に、太陽のようなフルーツがあった。
てか、これ本当に太陽じゃね?
○○○
太陽。
それは普遍で不変の存在。
毎朝起きたら、当たり前に頭上に登っているものであり、東から西へ。夜に一度沈んでも、再び登ってくることを疑わない、変えのきかない偉大なる、地球に住む我々にとって大事な存在である。
しかし、つい三日ほど前からのことだ。
……太陽が、空に上がらなくなってしまった。
真っ暗の夜……というよりは、日食または月食のように、何かがぽっかり浮いたような、辺り自体は明るいけれど、空を見上げても眩しい存在は留守にしている……といった具合であった。
当日、一日目は大騒ぎした我々も、今日明日の生活そのものに異常が見当たらなかったため、特に今は何事もなく落ち着いている。
まあ、田舎の信心深い農家している婆ちゃんは、神様の祟りや、農産物への影響を心配していたけど。
そんな中、今日、仕事帰り、ベット横のチェストテーブルの上に、“ソレ”はあった。
眩しくて、近くにいるだけで温かい……たぶん触れたら火傷してしまうだろう。
こうごうと光り輝いているので、輪郭がはっきりとは見えないが、あの特徴的な形には見覚えがある。
……葡萄だ。たぶん、巨峰タイプ。
爺ちゃんが葡萄畑を所有しており、毎年食べに行くので見覚えがあった。
「どうしよう。これって市役所に通報したら、なんとかしてくれるのかな……」
いや、流石に市役所の人も困るか。
民家に入り込んだ野生動物の捕獲と同じには、太陽は扱えまい。
「しかし、困ったな……こんなに眩しいと眠れそうにない」
眠たくなってきた目をしょぼしょぼさせて、俺は居間からティッシュを一枚持って来た。
ついでに消化器(消防署に就職した従兄弟が何故かくれた)を一本持って、バケツに水も組んで近くに置いておく。
俺はそっと、太陽巨峰の上にティッシュを一本被せてみた。
太陽巨峰の熱で、溶け落ちたり燃えたりするかと思ったが、意外とそんなことは無かった。
良かった。火事にならずにすんで。
とりあえず、分厚い布を持ってきて、太陽巨峰の上に掛けた。
まだ少し明るいが、寝ようと思えば寝られる明るさだ。
僕はとりあえず、もう今日は寝ようと疲れた体をベットの中に入れて、枕に頭を乗せて眠ることにした。
○○○
翌朝、あれは夢だったかもしれない。
そう思い、机を見て分厚い布を退ける。
——太陽巨峰は、あった。
今日は休日だ。流石にどうにかしなければ、ならない。
思い悩む僕、しかし解決案は浮かんでこない。
……ココアでも飲んで一息つくか。
そのときだった。
玄関のチャイムが鳴り、扉を開けると美少女が居た。
思わず目を奪われる。
彼女は僕を真っ直ぐに見つめて、一言こう言った。
「太陽を取り戻すために協力してください」
「…………はい?」
これは太陽がフルーツになって、空から消えた世界で。
僕と美少女が太陽を取り戻すために頑張るお話。
……続かない!!
おわり!!