落下
よくみる夢がある。
落ちた後から始まり、ずっと落ち続ける夢だ。
自分は背中を下にして、仰向けに近い体勢でゆっくり落ちていく。
そこは中心が吹き抜けになった広い塔で無数の階層にわかれ、それぞれに回廊と手摺りがついている。
時には何処かの階に灯りが見え、誰かが落ちていく自分を見下ろしている。
自分はゆっくりと落ち続けながら、こんなにゆっくりなら何処かの階に泳いでいけないか、などと呑気に考えている。
自分の他にも落ちていく者はいるが、言葉を交わす機会はない。
昨夜の夢は少し違った。
やはり同じような塔だが、自分は何処かの階に立っている。
手摺りにもたれて落ちてくる者はいないかと見ていたら、後ろから誰かに押された。
頭から落ちるその寸前に、此方に屈み込んだそいつと目が合った。
知らない顔だった。
自分は真っ逆さまに落ちていく。
こんなに速いのか、と思った。
すると何かが左の足首を思い切り摑み、突然落下が止まった。
吊り下げられた頭を少しだけ上げると、目の前にさっきの顔があった。白目と黒目の区別がなく光もない、穴みたいな目だった。
この塔は広いのに、こいつは何処に立っているんだろう。そしてさっきから左の足首を摑んでいるのは何なのだろう。
そう思った瞬間にそいつが穴みたいな目を細め、足首が軽くなった。
速いな、と思った。
目が覚めると汗だくで、シャワーを浴びてから出勤した。
地下鉄の出口を出る時に、此方に向かって降りてくる人がいる。
夢で見たあの顔だった。
と云う夢を見た。
その顔は、今では思い出せない。
未来
「目があった時に、自分の未来がすべて見えた」
トム・フォードがパートナーと出逢った時の印象として、よく記事に出てくる表現。
(※原文は未確認、いつのインタビューなのかも不明)
私はいつも「今」に追われている。
これから先に広がっている(でもいつ終わるかはわからない)時間についてはあまり考えられない。
そして私にとって、大切な人たちの人生はいつも突然終わる。
ただ「死が二人を分つまで」彼等がともにいたという事実を美しいと思う。
「未だ来らざる何か」はよいものでもありうるのだな、と思える。
そんな時少しだけ、「未来」と「希望」が近づく気がする。
好きな本
自分のための覚書
死ぬ前に読みたいくらい好きな本
3日あるなら C.S.ルイス『顔を持つまで』
半日あるなら オースター『最後のものたちの国で』
30分あるなら シェクリイ「夢売ります」か、ヒル「二〇世紀の幽霊」
あとは今思いついた順に
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』
『冒険者たち』
『銀のスケート靴』
『ブラッカムの爆撃機』
『雪の女王』
『みどりのゆび』
『銀河鉄道の夜』
山尾悠子「夢の棲む街」「遠近法」
久生十蘭「猪鹿蝶」
小松左京「くだんのはは」
皆川博子『開かせていただき光栄です』シリーズ
ジェラルド・カーシュのすべて
シャーリイ・ジャクスンのすべて(特に『ずっとお城で暮らしてる』)
ウェイクフィールド「目かくし遊び」
ティンパリー「ハリー」
「いつも上天気」
「黄色い壁紙」
「猿の手」
「スペードの女王」
キプリング「子どもたち」(訳題「彼等」もあり)
キラ=クーチ「小さな手」(訳題「手」もあり)
「カンタヴィルの幽霊」
「象牙の骨牌」
「角の店」
『フィーヴァードリーム』
「オメラスから歩み去る人びと」
「輪廻の蛇」
『リプレイ』
「鼠と竜のゲーム」
「時が新しかったころ」
きっともっとたくさんある、それが幸せだなと思う。そしてこの物語を生み出した全ての人びとに心からの感謝を。
あじさい
実はですね、あじさいって花じゃないんですよ。
え、知ってる? 花びらじゃなくて萼だろうって?
それは事実ですが、そういう話じゃありません。
本当のあじさいは、枝から離れて動けるんですよ。
あのちっさい花(萼ですが)の塊が、夜になるとこっそり動き出すんです。
あのむくむくしたぬいぐるみみたいな塊に目や鼻をつけて踊ってみたり、星型になってみたり、雪だるまみたいに重なってみたり…時には飛び上がって雪合戦の真似事をしています。
私がなぜそんなことを知っているかと云うと、ここでこんな文章を書いている私は、実はカタツムリだからなんですね。
毎晩寝る前に我が家を背負って庭に出るので、皆さんの知らないことも知っているという訳です。
ですがガクアジサイと呼ばれるヤツらが何をしているかについては…それを言ったら私の身が危ういので秘密です。
ところで明日は大変暑いそうで…週明けに会社に現れなかったら、私は日乾しになったとお考えください。
ちなみに、どんなに興味があっても夜更かしはいけませんよ。あじさいは見た目よりも繊細なので、あなたが見ていては遊べません。なので今の話はあくまで秘密です。
それでは皆さまおやすみなさい、どうかよい夜を。
街
その街には点灯夫がいて
彼等が街燈に灯を点すたび
誰かがいっとき 苦しみを忘れる
街に朝がきて彼等が灯りを消すと
忘れていたものが戻ってくる
その街は遠い 遠いところにある