狭い部屋
午後の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。アパートの前の道を車が時々通り過ぎる。大人たちも子供たちも仕事や学校で活動しているはずの時間に、まどろみの中で夢の続きを追いかけていた。
翼も無いのに空を飛ぶ夢だ。風が気持ちいい夢を見たのははじめてで、もっと、もう一度、と目を閉じ続けた。断続的なまどろみは、あとわずかしか続かないだろう、それでも、
ピンポーン
…不満と不快からくる理不尽な怒りを、ドアの外の労働者にぶつけるのは違うだろう。だが、いや、だからこそ、申し訳ないが狸寝入りをさせて頂く。
念入りに数分ほど布団にくるまってじっとしておく。それから盛大なため息と共に起き上がり、しかめ顔で仕方なく目を開ければ、いつもの狭い部屋だった。
翼は無いし空も飛べない。
車でスーパーに行こう。寿司買ってお酒飲もう。ゲームつけて旅に出よう。夢の続きは、仕方ない、望めばきっと、またそのうちに。
失恋
紙で折った鳥が、はばいていってしまうと思っていなかったんだ。
みんなが祝福する中で、彼女は幸せそうで、その隣には優しそうな新郎。フラワーシャワーも、集合写真も,友人代表挨拶も、上手くやれたと思う。
式の合間、ふとふたりきりのような空気になれた時、この上ない笑顔で、ありがとう、と彼女に言われた。
そう、幼馴染でありながらまるで姉のように、私は彼女に色んなことを教えてきた。相談にも乗った。私が彼女を創ったようなものだという感覚があった。
だから彼女がはばたいた時、そんなのは知らない、と思った。…いや、気付いたのだ、私は彼女を妹とか幼馴染などと思っていなかった。永遠に私を見ていると思っていた。他のところに行っても余裕があるほどに信じていた。ただひとりよがりに。
「愛してくれてありがとう」
彼女が言うので、私はうなずいた。それを真実にしていけたらいい。
あの人がさあ、またこんなことがあって、ありえないよね…ーー職場が大好きな奥様たちは、今日も本人のいないところでストレスを発散させている。きっと私のいないところで私のことも言っているのだろう。発散されたストレスが、聞く者の心に蓄積していく。
この人たちのことが、すごく嫌いなわけではないのだ。他の良いところをたくさん知っている。ひとりの人間に対して抱く気持ちは、ひとつではない。幸い、どうしようもなく嫌いという域には、まだ至っていない。
しかし、今口を開けば、嫌い、と吐き出してしまうだろう。この瞬間はそれが本当だとしても、ことばになったことだけが周囲にとっての本当になってしまいうる。嫌い、というのは、この瞬間以外において嘘になる。
自分に正直であるために、今日も口をつぐむーーそう、正直、職場はどうでもいい、他の生活に支障が出ないならそれでいい。