もうずっと昔。子供の頃の話。
大切な人と旅をした記憶は今でも鮮明に思い出せる。
私を助けてくれた時も、雪山で出会ったあなたを旅に誘った時も、路銀がない時も、あなたの正体に気付いていたことを話した時も、お互いの誕生日に送りあった物も、煙草の銘柄も、お酒を飲んだ時も、魔法を生み出した時も、本名を知りたがっていたあなたも、寝ぼけてあなたの服を着た日も、魔皇を討った時も、私の「おやすみ」が好きだと言ってくれたことも、あなたが指輪をくれた時も、あなたを殺した時も、あなたへの気持ちを知った時も。
あの度の中であなたがくれた言葉も意味も理由も優しさも嘘も悲しみも喜びも、その全てが今の私を形作っている。
いつか、なんて生温い言葉がないことは知っている。
ずっと、なんて幻想が続かないこともわかっている。
もう二度と会えなくとも、隣に立てなくとも、それでも、私は過ぎ去った日々が愛おしい。
どうしようもないほどに忘れることなどはなくて、一生涯たった50年の記憶を大切に大切に侵されないように、抱えて生きていく。
私の人生が有り余って埋まらなくて空白ばかりになってしまうのに、そのどこにもあなたはいないから。
だからどうか。
この世界が崩壊して、どこかの果てでなんでもなくなったあなたと出逢えたのなら。
お題「過ぎ去った日々」/2024.3.10
「おい」
「なに?」
街に来て早々、魔術店へ真っ直ぐと向かうルチーモア。
「路銀ねぇつったよな?」
ドスの聞かせた声でニコニコしながらそう言った。振り返ったルチーモアはレヴィをそろりと見る。
「そうだっけ」
「言ったわ。お前が魔導書だのなんだの買い込むから金がねぇんだよ」
「ごめんって……。仕方ないんだよ……」
そっと目を逸らしながら言い訳を始めた。
「だって、ここで買い逃したらもうないかもしれないし、魔術のことならなんだって欲しいし知りたいんだよ……」
「んなこと言われなくともわかってるわ。お前にとったら金より魔術のが必要なんだろ」
ふっと砕けた表情で笑うと優しい声でルチーモアに言った。
「うん」
「俺も煙草買いてぇし金稼ぎでも行くか」
「ふふ、そうだね」
「なに笑ってんだよ」
「なんでもないよ」
お題「お金より大事なもの」/2024.3.8
ふと空を目をやると、夜の暗闇の中で光る月が目に入った。手を伸ばし掴もうとしても掴めるはずもなくすり抜けていく。あの人の腕を掴めなかった、離された手を離してしまった時のようだった。
手をおろそうとした時、視界に映りこんできたのは月に照らされた指輪だった。
「ふふ、あなたは暗い夜でも私を照らしているんだね」
高く遠い夜のどこかで燦々と輝きをやめず、柔い光が地上を照らす。
それは、いつか誰かの標となる月。
お題「月夜」/2024.3.7