炎炎としている部屋。警報音。外からはやけに騒がしい声。
呼吸をするたびに意識を手放したくなる。生まれてこの方、歩くというものを知らない。走るというものはまた夢の夢だ。
私はこの四角い縁からしか外を見る術がない。
どんなに知識として手に入れたってこの目で見てみたいと思ってしまう。
ああ、今は身体が軽くて背中から翼でも生やして空へと飛べる気分だ。
まだ見ぬ景色を求めて──。私はゆっくりと目を閉じた。
:まだ見ぬ景色
ペンを強く握りしめ、あれも違う。これも違う。何度も試行錯誤をする。
未来への鍵はもうすでに持っている──周りからはそう言われるが、鍵穴がどのような形なのかわからない以上努力し続けるしかないのだ。
鍵穴に沿って変形する鍵を持っている人がいたらそれは天才というものだろう。
休憩がてら紅茶を手に取り身体を温める。そしてまたペンを手に取るのだった。
:未来への鍵
買い物の帰り途中、茜色の海辺で一人の少女が右往左往していた。
「お嬢さん、なにか探しものですか?」
声に気付き少女は少し悩んでから首を横に振る。
「では失礼ですが一体なにを……?」
ポケットから小さな瓶を取り出してぽつりぽつりと話し始める。
「星のかけら…お母さんに……喜んで…ほしくて…。」
小さな瓶の中には数えられるほどの量のきらきらと光る星の砂が入っていた。
お土産売り場に行けば星の砂を買うことはできる。しかし、少女にとってそれはダメなのだろう。
思い詰めた表情にどこか心を痛める。
「わかりました。私にも手伝わせてください。ただ、本日はもうすぐ日が沈みきってしまいますから…明日また再開しませんか?」
小さく頷く少女。ぱたぱたと病院の方へと駆けていく姿を見送る──。
翌日、また茜色の海辺に寄る。昨日とは違い、少しずつ暖かい日差しを感じる。辺りを見渡すと少女は体育座りをして俯いていた。
「お嬢さんお待たせしました。昨日ぶりですね。」
ゆっくりと顔を上げる少女。少女はきらきらと光に反射する大粒の星を流していた。
「あのね……お母さん…いなく…なっちゃった。」
鼻を啜りながら伝えられた言葉を耳が拒絶しようとする。
ああ、間に合わなかったのか。昨日でなければなかったのか。不甲斐なさと申し訳なさが込み上げてくる。少女になんて声をかけたら良いのだろうか。
つられて私も小粒の星を流す。少女は小さな瓶を眺めながら口をあける。
「これ…その……お母さんがよく…お星様のお話してくれたの。お母さん…いつかたくさんお星様に触れてみたいって…。いなくなっちゃう前に叶えてあげたかったの。」
お母さんとの会話を思い出したのか柔らかくはにかむ少女。
「…大丈夫です。きっとあなたの集めてくれたお星様のかけらでお母様は星がたくさんあるところへ安全に行けたのです。なにより、笑ったあなたの笑顔はお星様のようにきらきらとしていて…お母様は幸せだったと思います。」
「うん……そうだといいな。昨日今日と…ありがとう。将来は…宇宙飛行士になって…お母さんに会いに行く。」
涙を拭いて笑う少女に胸打たれる。
どうかこの先少女に幸せが訪れますように。
非力ながらそう星へ願いを込めてその場を離れたのだった。
:星のかけら
誓いのキスと同時にRing Ring…と鐘が鳴る。
生涯共にする君との甘いキス、生涯もう聞かないかもしれない式場の大きな鐘の音。
この式は一度きり。最高のもので終えたい。
彼女の腰に手を当て式場を後にする。控室で少し泣きそうな彼女。
「今更男が良かったなんて言わないでね。」
「そっちこそ。貴方ともう離れなくて良いんだもの。幸せ以上なことないわ。」
「私は一度たりとも君のもとから離れてないけどね。」
鐘が静まった頃には、これからも困難があろうとも一緒に乗り越えていける。
そう確信した。
: Ring Ring…
寒い日こそ走れ
追い風に乗ってより速く
転んでも立ち上がれ
それが勲章となり実力へとなるのだから
:追い風