なんて広いんだろう。
こうやって眺めていたら、自分も広い空に浮かんでいるように錯覚する。でもちっぽけ。
きれいな水色。…寝ちゃいそう。
「もう、終わりにしよう」
たった一人きりの親友が苦しそうに笑いながら言った。その瞬間、私の中の何かがガラガラと音を立てて崩れた。
「…どうしたの、何でいきなりそんなこと言うの」
何でもないことのように口角を上げる。そう、何でもないこと。なのに声が震えた。
「だってやっぱりおかしいよ。こんなことして、何も変わらないよ。寧ろ、悪い方に大きくなってる!だって希は、大きな子供みたいになってるよ!」
目の前にあった鋏を、ひったくるように手に取った。隣にあったティッシュボックスが、刃に当たって音も立てずに床に落ちる。
そのまま希は、親友に向かって鋏を振りかざした。
親友は、胸を真っ赤に染めて、死んだ。
全てを、終わりにしてしまった。残ったのは、絶望の海だけだった。
「手を取り合う人なんかいりません。結婚願望がないので。もちろん出産願望も」
丸眼鏡がよく似合っているバイトの同期が言った。休憩中いつの間にか結婚の話になって、別の同期の子が「一緒に手を取り合って生活できる人がいいなあ!」と目を輝かせた。そこから各自の結婚の憧れを言い合っていたのだが。一番最後に、随分さっぱりとした回答が返ってきた。
「ええー!沢田さん勿体無いよー!自分の人生だよ?やっぱり幸せな方がいいじゃん!」
「別に、自分の幸せ=結婚という考え方ではないので」
すると他の同期の子達も口を開く。
「確かに今時そういうのは嫌っていうのも分かるけど、でもずっと独身だと寂しくない?」
「寂しくないです。私、仕事したいので」
「でもいつか、そういうのをセーブしてまで一緒の時間を過ごしたいなって思う人に出会えるかもよ?」
「…そうかもしれません、けど出会わないのであればずっと独身でいいです。それに一緒に手を取り合う人って、結婚相手とかそういう人なんでしょうか。友達とかでもだめなんですか?」
その言葉に、みんなが押し黙ってしまった。
小さい頃から、私は劣等感まみれだった。
体は小柄、非力で不器用、臆病で軟弱。性格も根暗。
姉は正反対で、何でも器用にできて、性格も明るく良い子。
姉が何かすごいことを成し遂げる度に、自分には何もないのだと周囲に言われた。…嘘。言っていたのは、劣等感まみれの自分。
成長してから、少しずつ自分にも自信が持てるような特技が見つかった。周りにも得意な子はあまりいなくて、特別に思えた。初めて味わった優越感は気持ち良かった。でも皆隠しているだけで、私の知らないところですごいことをしている人達がたくさんいることにすぐ気づいた。結局、自分は何でもなかったのだと、悟った。
劣等感が優越感になっても、苦しいことは変わりなかった。
いつか、劣等感も優越感も感じない境地にいってみたい気もするけど、そんな風になったら私は、ぬけがらのような人になる気がする。
これまでずっと、暗い道を辿ってきたの。
これまでずっと、憎しみを閉じ込めてきたの。
これまでずっと、一廉の人間になんてなれないと思っていたの。
そんな私達が、立ち上がろうと思えたのは、これまでずっと、誰かの優しさや愛に包まれて、守られていたのだと気づいたからなの。