幼い頃、早朝に起きてしまったことがある。
ひどい悪夢を見て、しばらく寝られそうになかった。横になっていると悪夢を思い出しそうだったので、起き上がってぼーっと時計を眺める。でもやっぱり何だか心細かった。
ふと外が気になって、カーテンをそっとめくる。
あ、と思った。
太陽が赤く輝いて、暗く冷たい夜空を温めていく。雲は柔らかな紫色に染まり、細く浮かんでいた。
何だっけ、先週国語の授業で教えてもらった気がする。
春は、あけぼの。ゆっくりゆっくり白くなっていって、山際の空が明るくなっていく。紫がかった雲が、細くたなびいて―春で一番美しいのは朝焼けだ。
不思議と心がほっこりして、穏やかな気持ちで二度寝したことを覚えている。
私は夢を選んだ。
あの子は安定を選んだ。
あの人は逃避を選んで、その人は闘いを選んだ。
その子は生を選んで、この子は死を選んだ。
きみは、何を払って何を得る?何を選んで何を捨てる?
部屋の壁に背を預けて、ぼんやりと練炭を眺める。
「…意外と、練炭って臭わないんだね」
「びっくりだよね」
〇〇はしばらく練炭に手をかざして温めていたが、すっと立ち上がって窓を閉めた。
「△△、平気?」
「うん。〇〇は?」
「ばっちり」
「そっか」
二人でぎゅっと手を繋いで、目を閉じる。睡眠薬も呑んだから、このまま深い眠りに吸い込まれていくと思ったら、〇〇が口を開いた。
「…ねえ、もし、生まれ変わったら、どうしたい?」
「…愛されたい。愛されて、大切に、されたい。何かに感動して涙を流せるような、優しい人に、なりたい。…〇〇は?」
「私はねえ、…△△と、幸せになりたい。幸せになって、世界の最後の日も一緒にいつも通り過ごすの」
「…いつも通り?」
「うん。学校が終わったら一緒にショッピングして、アイス買って、プリクラ撮って」
「うん」
〇〇の声が震えてきた。
「コイバナ、して、しょうもなく下らない話でバカ笑いして」
「うん」
「それで最後の最後まで笑って幸せでいるの」
〇〇の瞳から涙が零れ落ちた。〇〇は一瞬口元を歪ませてから、手を更に強く握って言った。
「絶対、なろうね」
「うん」
△△も握り返した。
二人は今度こそ眠りに入っていった。
息が浅くなる。
胸が、苦しくなる。
心が、ぐらぐらと揺れる。
『最悪』
ぽつりと頭の中に浮かんだ2文字。
でも今の私にはどうにもできないから。吐息と共に、暗い気持ちをふうっと吐き出す。
一回だけでは足りないこともあるからしばらくそれを繰り返して。
そうして心を落ち着ける。
私の目の前で、貴方はこの世界を変えていこうとしています。それが嬉しい。貴方はきっとこの地獄を変えてくれると信じていました。そしていつか、貴方の行動力と誠実さが評価されてほしいと思っていました。
だから私は、たくさんの人を苦しめたのです。時には、殺めてしまうこともありました。
そんなことをしても自分の為にはならぬと貴方は仰るでしょう。では、誰がこの矛盾を孕んだ世界を変えることができるのでしょう。
いいえ。これは、貴方が知らなくて良いこと。私が墓場まで持って行こうと決意した秘密です。
なのに、何故、貴方は分かってしまったのでしょう。そして、何故怒らずに、そのような悲しいお顔をなさるのでしょう。
私は、貴方が本当に大好きですのに。
これも、誰にも知られたくない秘密です。