お経が木魚のリズムに乗ってするすると体を通り抜ける。遠くで雨が降っている音がした。そういえば、外に見事な紫陽花が咲いていた。
「知ってる?雨が止まないですねってもう少しあなたといたいっていう意味なんだって!月が綺麗ですねみたいなやつだよ!」
そうきらきらした笑顔で言っていた親友は、今棺に横たえられている。
私は恋愛とか興味なかったけど、あの子はずっと「彼氏がほしい!!!」と言い続けていた。それだけじゃなくて、小さなことでもころころ表情を変えたりするところとか、どんな時でも明るいところとか。
ああ、この子は何だかきらきらしてて見てて飽きないなあと思っていた。
別に私は、あの子みたいに人を明るくできる元気はないし、寧ろ根暗だから呆れる部分もあったけど。
雨が、止まないですね。
つい、呟いてしまった。
髪の毛がぐりんぐりんになっている君。寝癖を家で直したのに、登校中に雨に降られたからうねっちゃったって嘆いてる。
私だってうねっちゃったわ。けどさっきうねりが目立たないように縛ったのよ。いつもは下ろしてるけど。
低気圧で頭痛がするって頭をマッサージする君。もっと丁寧にマッサージした方が良いわ。私、得意なのよ。
…ラッキー!!って、付き合ってる子の傘に入る君。良かったわね。
ねえ、気づいてる?私、ほんとのほんとは、ちゃんと言いたかったのよ。天気とか、どうでもいい話とかしないで、言いたかったのよ。
なんて、ね。
走る。
走って走って、走り続ける。きっとこの先に、希望があるかもしれない、あってほしいと祈りながら。
後ろの絶望から逃げるように、恐怖を息とともに吐き出しながら、不安定な道をひた走る。
そうして遂に孤独になっても、私は走るのを止められない。迫ってくる絶望を見ないふりして、安定した道で歩くこともできるけど、絶望の存在を知ってしまったら、もう知らんぷりはできないから。
絶対に、希望の道を見つけるの。
私ね、今日もいつメンのみんなが笑ってくれて、良かったって思うんだ。辛いこと、苦しいこと、たくさんあるけど、みんなちゃんと前を向いて自分の道を進んでる。それがほんとに嬉しいんだ。
大学受験の時、私だけ浪人しちゃったでしょ?みんな気を遣って何も言わないでくれてたけど、時々気分が乗ってLINEとかで引っ越しの話とか、部活の話とかしてて。その時、「早抜けが」なんて心の中で思ってたんだ(笑)。だから私は、いつもよりちょっと既読つけるのを遅くしたり、返信しなかったりしてた。
ごめん。素直にみんなを祝えなくてごめん。みんなのこと憎んでごめん。いつもいつもバカみたいに騒いでうるさくしてごめん。誰よりも早く死んじゃって、ごめん。
私バカだからさ、みんなから色々な素敵なものを貰ってるのに返せるものが見つからなくて、だからみんなが笑顔になれればいいなって、ヘラヘラすることしかできなかった。それしか、自分のできること思いつかなかったんだ。なのに、ごめん。何も返せてないままぽっくり逝っちゃった。
あのね、私ずっとみんなのそばにいるから。幽霊になるから。みんなが泣きたい時は、すり抜けちゃうかもしれないけど、手を握るから。
それくらいしかできないけど、笑って生きてほしいんだ。
「あっちー。どうかしてんだろこの暑さ」
「地球が悲鳴上げてんのよ、二酸化炭素はもういいですって」
「んなもんもうどうしようもねえだろう。俺らは生きてる限り二酸化炭素出し続けるんだから」
そう言って山田は、地球温暖化はどうの、世界の偉い人達はどうのと小難しい話をつらつらと話し出した。
花村はそれに適当に相槌をうって、半分くらいを右耳から左耳へと流す。
誰かが走って去ったのか、ばたばたと廊下が騒がしくなった。山田が顔を上げる。
「何だ?」
「…うちのクラスの一軍女子達よ。この間あんたと付き合ってんのかって聞かれたわ」
「何だそれ」
「まああんたも夏期補講の放課後はしょっちゅう私とこうやってくっちゃべってるじゃない。はたから見たらそういう風に見えるんじゃないの?」
「うええ。何だそれ。俺ら別にお互い話したいこと話してるだけじゃん。性別越えた普通の友達だけど」
山田はべろっと舌を出した。花村ははため息をついて言った。
「何でだか年頃の女っていうのは、そういう風に異性のコンビを恋愛形の括りで見たがるのよ。まあ私から言わせれば下世話な勘繰りってやつだけど」
「理解したくないわ」
「私もしたくないわ」
二人して爆笑する。良い意味でお互いの違いを認め合って、でも気にし過ぎない関係が心地良かった。
花村がふと口を開く。
「みんなさあ、そんな大層なもんじゃないのに、ちょっと変わってるってだけですぐ取り繕ったりするじゃない?それこそほんと小さくて目立たない傷跡でも長袖着て隠すみたいなさ。そうじゃなくて、ほんとに人間として大切な部分は長袖着て温めといて、そうじゃない、素の方が楽って部分は半袖着て楽にしてればいいのになって思う。…私今良いこと言った?」
「プリント一枚」
「嬉しくねえわ」
澄み切った夏の午後の空に、二人の笑い声が染み込んでいった。