「くそっここまでか…」
舌打ちしながら呟くのは、手垢の付いたような言葉。
俺は犯人に追い詰められ、家の奥まで引き返してしまった。
背中には家内。犯人に見つかって気絶させられてしまったが、まだ息があるので大丈夫だろう。
申し訳ないと思いながらも、家内を机の下に隠し、部屋のドアを閉める。
暫くし、様子を伺おうとそっとドアノブをひねり、ドアを開けようとするが、
「開かない…」
なにか嫌な予感がする。冷や汗が止まらない。
いや、これは冷や汗ではなく、暑いんだ。
火事だ。
ドアの隙間から熱い風と、人間が焼けるような嫌な臭いが流れてくる。何度嗅いでもこれは慣れない。
あれ?何度嗅いでも?
何度も嗅ぐものではないのでは?
そして、部屋の外から「きゃあ!」という声。
その声に驚き、目がさめた。
どうやら、研究室で溜まった書類に目を通しているうちに寝てしまったらしい。
隣の部屋から「またはんだごてで触覚焦がしたー!」という悲痛な叫び。
どうやら、髪の毛が焦げる香りを嗅いで、火事の夢を見てしまったようだ。
「髪の毛は縛れってこの前も言っただろう」
小さな声で「少し直したかっただけだったのに…」と聞こえるが、無視。今日は家に早く帰って寝よう。
平和な我が家で平和な睡眠を。
#風に乗って
息を飲む。
知人がいた。
私の知らない人と寄り添いながら信号を待っている。
実はこの人のことを知っている。
風の噂と言っていいのだろうか。
友人のリツイートで、ウエディングドレス姿の知人の写真が回ってきた。タキシードを着て寄り添う男性とともに。
顔はスタンプで隠されていたけど、私にはわかる。小さい頃から何年も隣にいたのは私だから。
あぁ。まだ同じ町に住んでいたんだ。
もう話すことはないからせめて後ろ姿を。そう視線を前に向けたが、もうそこには2人の姿はなかった。
信号は青になっていた。
#刹那
あなたに会えない。
あなたはみんなの王子さま。
お金がなきゃ会えない。
わたしがお店出たあとから既読がつかない。
あんなに来てってLINEくれたのに。
今日はあの女のところかな?
それともあの女?
明日の朝、酔って寝てたって連絡くれるんだろうけど、そんな事ないよね。私知ってる。ほかの女のところでしょ。ね。私、もう信じないよ。
でも、私は優しいからあなたの嘘、信じてあげる。
めんどくさい女は嫌いでしょ?
金がないから文句言う権利ないし。
明日から頑張らなきゃなー。
あーーーなんで金払わなきゃ会えないのかなー。
好きだよーーー。あなたの事で頭いっぱいだよーーー。
あ、やば。
これむりなやつ。
しんど。
酒はー、あーーーさっき飲んだか。
生きてるだけで金かかるし、寝るしかねえな。。。
そうして今日も安定剤を目につくだけ飲む、
沢山眠れますように。
#生きる意味
「おにーさん今晩ひまー?
終電なくなっちゃってー、だから泊めて♡」
終電無くなったのはほんと。
そもそも家出中で、帰る家がないのはひみつ。
バイト代でメン地下通ってたのがバレてガチギレされて、そのまま家飛び出してきちゃった。
自分で稼いだ金に文句あるのー?って感じ。
でも家出すると思ってなかったから、ふつーに貯金は推しに使っちゃったし、マジで焦った。
まあ、とりあえず泊まるところは確保できたからおっけーじゃん?
明日は喫茶でスマホ充電して、あとは飯が確保できたらおっけーってとこかなー。
今日の夕飯何とかなったら嬉しいけど、そこまではいいや。
人の善意っていうか下心?に頼りつつ生きてみて、
1ヶ月くらいしたら一旦家に帰ってみようかな。
家に帰ろうって言う意思があるわたし、偉すぎる。
世間から見たらあんま良くないことだと思うけど、
とりあえず生きてるから良くね?
#善悪
「金!金!金!」
周りから聞こえてくる楽しげな声に、
元気でいいなあとひとりごちる。
私は何を願えばいいんだろう、
あなたのいない世界で。
山から落ちたら死ねるかな。
でも、山で遭難したらたくさんの人に迷惑かけてしまうかも。
そう思いながら来た夜の山は人で溢れている。
そうか。
「流れ星よ、燃え尽きずにここに落ちてきて」
あなたのいる世界に1秒でも早くゆきたくて。
#流れ星に願いを