乙女は人前で涙なんて流さないのです
誰もいない部屋のピンク色のベッドの上
それは私だけの聖域、深夜の要塞
そこで私は時たま泣いてしまいます。
だいすきなハムスターくんのこと、
なりたい自分になれなかったあの日のこと、
本当に好きだった彼のこと、、
世界に絶望したって
明日が来ることを止められたことは無かった
それでも涙がでてしまうのです
でも、涙が出るのは悲しい時ばかりじゃない
美しいもの、自分に受け止めきれなかった素晴らしさが
溢れ出て涙になることだってあるのが私の救い
(泣かないよ)
ずっと隣で、なんて夢みたいだね
人間には時間軸があるから、時間での永遠は望めないのです
そう、あの小説に書いてあった
実際わたしだってそうなんだけど
嘘ついてごめんね
ずっとだいすきです!ってリプしたのに
もうフォローも外してしまった
永遠を誓ってもその永遠は時間じゃないのなら
その軸の外でなら永遠でいられるの?
小説じゃないもの、わたしたちはエミリーじゃない
だけど、いつかの夜が永遠でありますように
(ずっと隣で)
ケータイのメモ帳に、水たまりに空が落ちてくるって言葉が残っててなんだろうと考えていたけど思い出した
街中でお母さんに話しかける男の子のセリフ、そんなふうに考えたことなくって、子どもの頭ってすごい、羨ましいって思ったからメモしたんだった
水たまりに大空を構成する色の少しが落ちてきて、その水たまりも空になるみたい、すごい、水たまりを歩いたらさ、空を歩いたのと同じになるみたいでたのしそうだな
水たまりに長靴で突進するのがすきだった、なんか、大きくなるにつれて長靴ってあんまり履かなくなるよね、便利なのになんでだろうね
あの男の子みたいな想像力が欲しいな、昔はあったのに変なの
こうやって忘れてくのが大人になるってことならいやだー!と思っちゃいました
(大空)
保育園の時、音楽会でハンドベルを鳴らしてきらきら星だかなにかを演奏したな、たしか2回鳴らす人がいて、私はどうだったっけ
ハンドベルはカラフルだったから、自分の欲しい色があったけど
その色は使えなかった気がする(;_;)
その頃の私はいわゆるいい子だった、でも外面がいいだけで、
家だと癇癪持ちの厄介な子だったと思う
私には特にすごいところがないと自分でわかっていたから
他の子よりいい子でいようとしていたのかもしれない
昔、自分を現実よりましに見せようとしてしまうくせがあって、
それは中学生になるまでずっとそうだった、、
中学生になってからは、自分のできなさ加減をみんなに
知って欲しくて、あー、あいつダメダメだから仕方ないよ、、
って逃げ道を作っていたな、まあそれは今もなんだけど
ベルの話からだいぶ遠くなっちゃった、!!
(ベルの音)
寂しさって聞いて思い浮かんだのは、綿矢りさの蹴りたい背中
さびしさは鳴る、から始まるからって言うだけだけど
寂しさってなにかな、毎日寂しいを感じて、死にたくなった時、私はインターネットの出会い系サイトで知らないおっさんと喋ったりして、求められてる気になってた
だけどそんなんじゃ寂しさ埋まらなかったな、クラスのみんなよりこの人の方がわかってくれる、なんてただの勘違いだったし
それはわかってるんじゃなくて、わかったフリしてただけ
みんな言わないだけでそれぞれきっと寂しいのを埋めるために
なにか秘密を持っているのだと思う
私はいま女子高生なのだけど、周りのクラスメイトもきっと寂しいを隠してて同じように知らない誰かに求められることでそれをどうにかしてるのかもしれないし
身近な誰かに愛されることでどうにかしてるって子もいるかも
どうにもならなくなった寂しさはどこに行くんだろう、それを抱えた私たちはどうなっちゃうんだろう
そういうどうにもならない寂しいが世界を動かしてる気もしてくる、世界なんて規模が大きすぎるかな
自分にしかわからない寂しい、は自分にしかどうにかできないのかもしれないね
寂しいを持ち寄って、みんなで慰めあってもきっとそれは消えないし、寂しいと一緒に生きてくしかないのかな
(寂しさ)