【熱い鼓動】
思いっきり自転車を漕ぐ。モヤモヤして叫び出したい衝動も、全部足に乗せて自転車を漕ぐ。
長くがむしゃらに自転車を走らせた先、大きな川の土手で自転車を止めて、青々と茂る土手の緑に大の字に身体を投げ出した。
自転車を漕ぎ続けていたから、息は上がっているし、身体は熱い。その上、真上から照りつける太陽まで熱い。
あーあ、このまま溶けてなくなれたらいいのにな、なんて考えるけれど、そううまくいくなら人生だってもっとイージーモードのはずなのだ。
耳元で、ドクドクと音が聞こえる。自分の血潮の走る音。私の生を熱く主張する鼓動の音。
溶けそうに暑い中、この音を聞いていると、何だかすごく『生きてる』って感じがする。私の身体は生きてる。生き続けようと鼓動を鳴らし続けてる。
そう考えたら、胸が熱くなった。心の中でモヤモヤしてたものなんてクシャクシャに丸めて、何処かへ捨ててしまおう。私は生きてる。きっと明日も明後日も。だから、後悔とか過去のことに囚われてる暇なんかないんだ。
熱い鼓動の音を聞く。私を励ます勇気の音。私を生かしている音だ。
【虹のはじまりを探して】※長いです
虹のはじまりには、特別にすごい妖精さんがいて、願いをひとつ叶えてくれるらしい――。
古くからぼくたちの村に伝わるお話。
お星さまになったおかあさんにまた会いたいぼくは、その願いを叶えるために、相棒の犬のチッポと一緒に旅に出た。
虹のはじまりを探して、雨雲の後を追いかける。
晴れた後に、綺麗な虹が出たら、そのはじまりを探して走る。
山あり谷あり、ぼくらの冒険は続く。
虹を追いかけても追いかけてもはじまりにはなかなかたどり着けなくて、苦しかった。だけど、その度にチッポがぼくを励ましてくれた。そばにいて、くるんと巻いた可愛いしっぽを振って、大丈夫だよって言ってくれてるみたいだった。だから、ぼくは頑張れた。
何度目の虹だっただろう。もう数え切れないほど追いかけた先で、ぼくはやっと虹のはじまりを見つけた。
なないろに輝くその綺麗な場所には、小さくて可愛らしい妖精さんがいた。
「あらあら、人間がここに来るなんて珍しい」
妖精さんは目を丸くして言った。
「あの、ぼく、お願いを叶えてもらいたくて、ここに来たんです」
ぼくがそう言うと、妖精さんはニコリと笑った。
「そうなのねそうなのね、あなたのお願いはなぁに?」
ぼくは、ゴクリとつばを飲み込んだ。そして、お願いを言った。
「ふむふむ、お星さまになったお母さんに会いたい?」
妖精さんはぼくの言葉を繰り返す。そして、
「どうしてどうして?」
と不思議そうな顔で言った。
「どうして……?そんなの会いたいからに決まってる!」ぼくは叫ぶ。
「なぜなぜ?会いたいのはなぜ?」
妖精さんはまた不思議そうに訊いてくる。
そこでぼくは言葉に詰まった。だって、会いたいのに、理由なんてない。
黙ったぼくに、妖精さんは優しい笑顔で語りかける。
「あのねあのね、理由のないお願いは叶えられないのよ。理由のないお願いには果てがないから」
ぼくは頭をハンマーで殴られたみたいな気分になった。ぼくのお願いは、叶わない?おかあさんには、もう会えない?
ぼくは足から力が抜けて、その場にへたりこんだ。目からは涙が溢れた。それを、チッポがぺろぺろ舐め取ってくれる。
妖精さんは、ぼくらの姿を見て「うふふ」と笑った。そして、キラキラの虹色の粉をチッポに振りかけた。
「たいせつなごしゅじんさま、なかないで」
チッポがそう言った。ぼくはびっくりして、妖精さんの方を見上げた。妖精さんは楽しげにウインクした。
「ねえごしゅじんさま、ぼくがいるよ。そばにいるよ」
チッポがぼくを舐めながらそう言う。
チッポがいる。そうだった。この旅の間だってそうだったのに、ぼくは今、それを忘れてた。
おかあさんには会えなくても、チッポはそばにいてくれる。そう思ったら、足に力が戻ってきて、ぼくはまた立ち上がれた。
「ごしゅじんさま、だいすき。もうだいじょぶ?」
ぼくを心配そうに見上げるチッポに、ぼくは頷いた。
「ねえねえ、わたしの魔法、気に入ってくれたかしら?」
妖精さんがニコニコ笑っている。ぼくは頷いて深くおじぎをして、
「はい。ありがとうございます。大切なこと、思い出せました」
と言った。
妖精さんはくるくる回って楽しげに笑った。
やがて、虹のはじまりが薄くなりはじめた。妖精さんは、ぼくらに小さく手を振って、空の向こうへ飛んでいく。
ぼくはそれに手を振り返しながら、脇でしっぽをブンブン振ってワンワン吠えるチッポを撫でた。
虹が消えた空は、青く晴れ渡っていた。
ぼくは心の中でもう会えないおかあさんを思った。やっぱりまださびしい。けれど、ぼくは独りじゃない。隣を見ればチッポがいる。
ぼくはまだ、自分の足で歩けそうだ。
【半袖】
夏だ。半袖の季節だ。
俺は誰にも言ったことはないが、二の腕フェチだ。
だから、夏が好きだ。
大好きなあの子の制服の半袖から伸びる少し白い二の腕なんて目に入った日には、天にも昇る気持ちになれる。
眩しい二の腕だ。適度に筋肉と脂肪がついていて、実に触り心地が良さそうだ。
俺がもし、一昔前の漫画の登場人物だったなら、鼻血を吹いてぶっ倒れているだろう。
それだけ、あの子の二の腕は魅力的なのだ。
俺が思わず鼻をおさえると、隣にいた友人が怪訝そうな顔をして俺を見て、
「お前何してんの?」
ときいてくる。
「何でもない。心配するな、大丈夫だ」
と俺は言った。
「いや、絶対何でもなくないし大丈夫じゃないだろ。……特に頭が」
何か最後にポツリと辛辣な言葉を呟かれた気がしたが、俺は無視する。
ああ、二の腕、バンザイ!半袖の季節、ありがとう!
【もしも過去へと行けるなら】
戻りたい時間が多すぎて、どの過去に行くか選べないなあ。
それに、戻ったところで過去が変えられるとも限らないから、過去になんて行けないほうがいいかも。
期待してダメだったらつらいもの。
ただ、過去の誰かの生きてる姿をもう一度この目で見られるなら、それは嬉しいな。
今もまあまあ、何とかやれてるから、これで満足しとくのが一番いい気もするけどね。
【True Love】
真実の愛ってなんだろう。
揺らがないこと?
たくさん甘やかすこと?
厳しいこともその人の為を思って口に出せること?
何年生きてもこの問いの答えはなかなか出せない。
居てくれるだけでいいと思うことも愛なのかな。
死ぬその瞬間には、真実の愛がなんなのか、答えを出せているだろうか。
【またいつか】
お空の星になってしまったあなた。
私がそちらにいくのはだいぶ先になりそうだけれど、待っててね。
そしてまたいつか、いつもみたいにおしゃべりしましょ。
大好きよ、あなた。