びゅうと風が吹き、ひらりと白いレジ袋が飛んでいく。
あのレジ袋はどこから来たんだろう。
持ち主は袋が飛んじゃったとき、どう思ったんだろう。どうでも良かったのかな。やっちゃったと焦ったのかな。
あのレジ袋は、どこまで行くんだろう。どっかに引っかかって早々に旅を終えるのかな。それとも、私の知らない、ずーっと遠くの町まで行けちゃったりするのかな。もしそうだったなら、ちょっと羨ましい気がするな。
青い空に浮かぶ雲より白く速く飛んでいくレジ袋を見て、ぼんやりと思う。
早春の午後。風は強く吹いている。
紺のブレザーの群れの中を行く白いセーラー服は、とても目立っていた。さらに目立つことに、その白いセーラー服の女子は綺麗な金髪で、青い目をしていた。
「え、誰かしら?」「転校生よね?」
「どこから来たのかしら?」「外国の人?」
「何年生?」「うちのクラスに来ないかしら」
彼女は朝からあちこちで噂になっていた。
うちのクラスも、ザワザワと彼女の噂で浮足立っていた。いや、うちのクラスは他よりいっそう騒がしかった。何故なら――
「ねえ、机と椅子が増えてるわよね?もしかして彼女、うちのクラスに来るんじゃないかしら」
――窓際の列の一番後ろに、机と椅子が1セット、増えていたからである。
そんな中、私はそのザワつく輪には入らず、隣にぽつんと増えた空き机を横目に、1人で1時間目の予習をしていた。私の人間関係は薄く浅くでやっている。新しく増えるクラスメイトにさして興味はなかった。
チャイムが鳴って、朝のホームルームの時間がやってきた。ガラリと扉を開けて、担任の教師が教室に入ってくる。
ザワザワと騒がしかった教室はソワソワとした空気を残しつつも一旦沈黙し、担任へ注目する。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
担任が言い、クラスが応える。ここまではいつものやりとりだ。
「突然ですが、皆さんにお知らせがあります」
担任が言うと、教室中がいっそう担任に注目し、その言葉に集中した。
「もう気づいてる人達も居るかもしれないけれど……うちのクラスに転校生が来ました。宇津見さん、入って」
担任が、自分が入ってきた扉の向こうへ声をかけた。扉がゆっくり開いて、今朝遠目に見かけたあの彼女が、姿を現した。
「やっぱり転校生だった!」「うわぁ、綺麗!」「セーラー服可愛い〜」
静かだった教室がまたザワついた。当の彼女は、そのザワつきは特に意に介さず、チョークを手に取り黒板に堂々たる文字で『宇津見奏絵』と書いた。そして、こちらへ向き直ると、
「ウツミカナエです。長野から来ました。母がアメリカ人で、この髪も目も自前です。父の仕事の都合でこの街に来ました。特技は剣道です。よろしくお願いします」
と自己紹介をした。無表情だった。その無表情が、とてもクールに見えて美しかった。
「皆さん、仲良くしてね。
宇津見さん、貴女の席はあそこよ」
担任が私の隣の空き机を指した。宇津見さんは静かに頷くと、スタスタと躊躇いのない足取りでやってきた。姿勢がよくて、歩く姿も美しい。静かに揺れ動く金糸の髪が輝いていた。
「あなた、名前は?」
気づいたら彼女は私の隣の席に座っていて、私の方を見て問いを投げかけていた。
私は、自分が彼女に見入っていたことにやっと気づいて、我に返った。新しいクラスメイトになんて、興味なかったはずなのに。
「袴田ゆう……です」
「袴田さんね。よろしく」
彼女が私の名前を復唱して、こちらにうっすら微笑んだ。それは本当に小さな笑みだったけれど、私の頬を熱くさせるのには充分な破壊力を持っていた。
「よ、よろしく」
私は自分の顔の熱さに混乱した。なんとか返事を捻り出したけれど、今自分がどんな表情をしているのか全くわからない。変な顔をしてないか、すごく心配だ。
宇津見さんはそれだけのやりとりで私から視線を外して、1時間目の準備をし始めてしまった。
私はその横顔を呆然と眺めながら、これまでと全く違う学校生活が始まる予感を、ひしひしと感じていた。
バリッ バリバリッ
踏みしめると、霜柱が割れる音がする。
茶色くて、何も生えてない土。
暖かくなったら、ここに緑が芽吹くなんて、信じられないくらい。
でも、確かに毎年、この茶色に緑は芽吹く。
やがて、世界は色鮮やかに彩られるんだ。
私に見えていないだけで、土の中には、芽吹きのときを待つ生命が存在しているんだろうか。
まだ見ぬ生命に想いを馳せて、私も春を待つ。
覚えてるよ。あの冬の日、絶望した私がひとりぽっちでいた時に駆けつけてくれたこと。ギュって抱きしめてくれたこと。私に「大丈夫」って言ってくれたこと。あの日の温もりは、きっと一生忘れないと思う。
物理的な距離は遠くても、いつも心にあなたを近く感じてる。つらいことがあっても、あの日の温もりが私の背中を押すの。「大丈夫」って声が、俯きそうになる顔を上げさせてくれるの。
あの日、あなたは私のヒーローだったよ。
かっこよくて優しくて楽しい私の親友。
いつもありがとう。大好きだよ。
お化粧って、すごいんだよ。
鏡に映るすっぴんの私はどこにでもいそうな冴えない平たい顔族なんだけど、お化粧したら、平たい顔は少し立体感が出て、控えめだった目も大きく見えて、唇はぷるんって魅力的に輝いて、なんかもう、かわいい!って感じ。
私は私のまま、絶世の美女や美少女には敵わないままだけど、でも、『私、かわいい!』って思えるようになる。お化粧にはそういう力があるの。
お化粧した私は、常に私史上一番にかわいいから、他の人からどう見られようと関係ない。
湧いてくる自信が、背筋を自然と伸ばして、足取りを軽くする。
だから、私はお化粧が好き。化粧映えする自分の顔も好き。
今日も私はお化粧をしてお出かけする。
自信を纏って前を見て。