紺のブレザーの群れの中を行く白いセーラー服は、とても目立っていた。さらに目立つことに、その白いセーラー服の女子は綺麗な金髪で、青い目をしていた。
「え、誰かしら?」「転校生よね?」
「どこから来たのかしら?」「外国の人?」
「何年生?」「うちのクラスに来ないかしら」
彼女は朝からあちこちで噂になっていた。
うちのクラスも、ザワザワと彼女の噂で浮足立っていた。いや、うちのクラスは他よりいっそう騒がしかった。何故なら――
「ねえ、机と椅子が増えてるわよね?もしかして彼女、うちのクラスに来るんじゃないかしら」
――窓際の列の一番後ろに、机と椅子が1セット、増えていたからである。
そんな中、私はそのザワつく輪には入らず、隣にぽつんと増えた空き机を横目に、1人で1時間目の予習をしていた。私の人間関係は薄く浅くでやっている。新しく増えるクラスメイトにさして興味はなかった。
チャイムが鳴って、朝のホームルームの時間がやってきた。ガラリと扉を開けて、担任の教師が教室に入ってくる。
ザワザワと騒がしかった教室はソワソワとした空気を残しつつも一旦沈黙し、担任へ注目する。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
担任が言い、クラスが応える。ここまではいつものやりとりだ。
「突然ですが、皆さんにお知らせがあります」
担任が言うと、教室中がいっそう担任に注目し、その言葉に集中した。
「もう気づいてる人達も居るかもしれないけれど……うちのクラスに転校生が来ました。宇津見さん、入って」
担任が、自分が入ってきた扉の向こうへ声をかけた。扉がゆっくり開いて、今朝遠目に見かけたあの彼女が、姿を現した。
「やっぱり転校生だった!」「うわぁ、綺麗!」「セーラー服可愛い〜」
静かだった教室がまたザワついた。当の彼女は、そのザワつきは特に意に介さず、チョークを手に取り黒板に堂々たる文字で『宇津見奏絵』と書いた。そして、こちらへ向き直ると、
「ウツミカナエです。長野から来ました。母がアメリカ人で、この髪も目も自前です。父の仕事の都合でこの街に来ました。特技は剣道です。よろしくお願いします」
と自己紹介をした。無表情だった。その無表情が、とてもクールに見えて美しかった。
「皆さん、仲良くしてね。
宇津見さん、貴女の席はあそこよ」
担任が私の隣の空き机を指した。宇津見さんは静かに頷くと、スタスタと躊躇いのない足取りでやってきた。姿勢がよくて、歩く姿も美しい。静かに揺れ動く金糸の髪が輝いていた。
「あなた、名前は?」
気づいたら彼女は私の隣の席に座っていて、私の方を見て問いを投げかけていた。
私は、自分が彼女に見入っていたことにやっと気づいて、我に返った。新しいクラスメイトになんて、興味なかったはずなのに。
「袴田ゆう……です」
「袴田さんね。よろしく」
彼女が私の名前を復唱して、こちらにうっすら微笑んだ。それは本当に小さな笑みだったけれど、私の頬を熱くさせるのには充分な破壊力を持っていた。
「よ、よろしく」
私は自分の顔の熱さに混乱した。なんとか返事を捻り出したけれど、今自分がどんな表情をしているのか全くわからない。変な顔をしてないか、すごく心配だ。
宇津見さんはそれだけのやりとりで私から視線を外して、1時間目の準備をし始めてしまった。
私はその横顔を呆然と眺めながら、これまでと全く違う学校生活が始まる予感を、ひしひしと感じていた。
3/3/2025, 8:49:48 AM