私は夏が好きだ。
服装が軽くなって気持ちも解放的になる。数あるレジャーの中で海水浴が一番好きだ。
モクモクとした白い雲が、目の覚めるような青い空が好きだ。
暑い暑いと騒ぎながら、日陰に逃げ込む瞬間が好きだ。
「うぅっさむっ」
日陰に入った瞬間、寒さがより一層厳しくなる。
寒いのが嫌いだ。だから冬は嫌いだし、冬の日陰も嫌いだ。
早く日陰が嬉しい季節にならないかなあと思いながら、私は早足に日陰を歩いた。
帽子かぶって 後日書きます
雨の日の昇降口、外をじっと睨んで立ち尽くしている男子がいた。その手に傘はない。傘を持ってくるのを忘れてしまったのだろう。もう最終下校時刻も近い時間で、今周囲に友人が居ないのをみるに、一人で帰るところだったようだ。学校所有の置き傘は既に出払っており、傘立てには誰の物かわからない傘が数本。雨が降り出す前に帰った人が忘れていったものだろう。
私は、自分の手元にある長傘と、鞄の中にある折りたたみ傘のことを思い浮かべ、しばらく考えた。今日はこのまま真夜中まで雨は止まない予報だ。そうしたら、今の彼が取れる選択肢は、2つ。諦めて濡れて帰るか、傘立ての中の人様の傘を盗んでそれをさして帰るか。前者は可哀想だし、後者は普通に窃盗なので、全く面識のない男子とは言え、やって欲しくないような気がする。となると、今私が取るべき選択は、1つ。
全く知らない男子、それも私よりだいぶ背が高くてがっちりした人に声をかけるのは、勇気が要る。でも、ずぶ濡れの男か窃盗犯を産み出すくらいなら。
「あ、あの」
小さな勇気を振り絞り、彼に声をかけてみた。彼は突然近くでした声に、びっくりした顔でこちらを見た。
「私、折りたたみ傘も持ってるので、傘、貸しますよ」
私が長傘を差し出しながら言うと、彼は困惑した顔をした。そうだよな、初対面の女子にこんな提案されてビビるよな、と思い、勇気を出して声をかけたことを少し後悔していた。
「いいんですか?傘がなくてマジで困ってたとこなんで、貸してもらえると超ありがたいですけど」
彼は少し恥ずかしそうに頭をかいた。私は彼が思ってたよりも親しみやすそうな人に感じて、安心した。
「はい。あなたにはちょっと小さいかもしれないですけど、ぜひ使ってください」
「ありがとうございます。あ、俺、3年C組の戸塚です。明日教室に返しに行けばいいですかね」
「あ、私、2年D組の朝上です。そうですね。私が3年生の階に行くのはハードルちょっと高いので、そうしていただけるとありがたいです」
彼は私の手から長傘を受け取り広げ、
「本当にありがとうございます!また明日!」
と告げると、雨の中を帰っていった。私も鞄から折りたたみ傘を取り出して、広げる。
彼の去り際の笑顔は晴れやかで素敵だった。私の小さな勇気がちゃんと人助けになってよかった。
私も晴れやかな気持ちになって、雨の中を歩き出した。
わぁ! 後日書きます
うちには、代々伝わる昔話がある。『龍と巫女と井戸』と呼ばれるその物語は、主人公の巫女が傷ついた龍を助けたら、龍がお礼に井戸に自らの鱗を落とし、巫女の家がずっと水で困らないように、守護を授けてくれた、という話だ。この昔話の驚くべきところは、主人公の巫女はうちの先祖で、龍との出会いから全てが実話だと言うところだ。確かにうちの裏に井戸はあるが、龍が出てくるせいで現実味がないのだが。
幼い頃、この物語を父から語り聞かされた私は、
「うちのご先祖様ってすごいんだ!」
と、素直に信じ、目を輝かせ、何度も話してくれるようにせがんだものだが、今ではあまり信じていない。いつの間にか、純粋に信じる心はどこかへ行ってしまって、物語は私の中で風化してしまった。
息子が、私が初めて『龍と巫女と井戸』を聞かされたのと同じ歳になった。私は、伝統だからという理由だけで、『龍と巫女と井戸』を息子に語り聞かせた。巫女が先祖で、全部実話と言われているというところまでしっかりと。
すると、息子は、今まで見たことのないようなキラキラした目で私を見て、
「すごいすごい!」
と興奮して言った。
暇さえできれば繰り出される息子の「もう1回話して」コールに負けて、私は繰り返し物語を語った。その度に、息子は目を輝かせた。
そうして繰り返し話しているうちに、私の中で風化してしまっていた物語は息を吹き返し、息子の中でもう一度生き始めているように思えてきた。語り継ぐ意味を、感じた気がした。
息子が大人になって、その子供が今の息子くらいの歳になった頃、息子は子へと、この物語を語るだろう。
語り継がれる限り、物語は終わらない。何度でも息を吹き返し、生き生きとした感動を人の心に刻むんだと思う。