声が枯れるまで
「雨は止んだ?」
振り返ると掛け布団が動いて少しだけ持ち上がっていた。自分で見ればいいのにと思いつつ、ベランダ側の窓を開けて雨音を聞かせてやる。
「まだ」
「そう」
しゅると布団を持ち上げていた白い指先が引っ込んで、布団が再びこんもりとした山の形に戻る。私は低気圧に影響を受けることは無いが、相手は真逆の体質で雨が近づく度に頭痛を引き起こしてしまう。薬を貰っている筈なのに、負けた気がするから飲みたくないらしく、耐えられるギリギリまで服用したがらない。
久しぶりに2人が一緒の休み、本来であれば新しく出来たカフェで新作のケーキを食べる予定だった。しかし、蓋を開ければ土砂降りの雨。私は昨日の夜から何となくこうなりそうな気がしていて、お泊まりしたいと相手に伝えて今の状態である。
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「予定が台無しになった」
「天候は私たちがどうこう出来るもんじゃないから、仕方ないよ。また今度一緒に行こう」
布団の隙間からずぼっと顔を出した相手の頭を撫でた。湿気のせいでもふもふになる髪が嫌いらしいが、触り心地が楽しいので私は好きだ。私は布団の上から相手を抱きしめる。
「ココアを買ってきるんだけど、飲む?」
「鍋で作るやつ?」
「うん」
「飲む。新しく買った蜂蜜があるから一緒に作ろ」
「そうしよう」
今日は雲ひとつ無い良い天気、窓から吹き抜ける風はまだ少し寒いが春の雰囲気を感じる。机の上のマグカップからは、美味しそうな珈琲の香りが薄く漂う。うーん、と彼女は伸びをする。こきこきと肩の関節が鳴り、少しだけ体がスッキリした。
時刻は正午を少し過ぎた辺り、陽の光は心地よすぎて眠気を誘う。
そうだ、部屋の掃除をしよう。体も動かすことが出来るし、きっと頭に霞がかかるような眠気も吹っ飛ぶ事間違いなしだ。
そうと決まると彼女の動きは早かった。まずは机の上に広げたノートやプリントを隅に寄せて、飲みかけの珈琲をごくんと飲み下す。休む間もなく部屋の中に手をつける。床に置きっぱなしていた読みかけの本、有線イヤホンにゲームソフト、広げたままのエコバッグ。
足の踏み場はあるが、散らかっているのは間違いないだろう。とりあえず、床の上のものは机と椅子の上に避難させる。掃除機を下の階から持ってきて、塵一つ残さないように吸い上げ、その後はしっかり粘着テープをコロコロさせておく。
「よし、完璧!」
掃除機もコロコロも元の位置に戻し、小物類も床の上から消えている。やっぱり体を動かすのは良い事だ、部屋も片付いて一石二鳥だなぁと思いながら、ふっと壁のカレンダーに目が止まる。
「明日が定期テストって事以外は…完璧…」
”現実逃避”
物憂げな空
空を見上げるのは、大抵気分が憂鬱な時だ。
何もかもが上手くいかなかったり、自分のすること全てに意味が無いように感じたり。下を向くと尚のこと気持ちが沈んでしまう、何とかして気分を上向きにしようと空を見るのかもしれない。
しかし、そんな私の思いをよそに、見上げた空はどんよりと厚い雲が覆っている。
「天気ぐらい…良くたっていいじゃん」
足元の小石をローファーで蹴り飛ばし、腰掛けたベンチに背を預ける。硬い、冷たい、ぎいぎい鳴る。バス停のベンチの座り心地はもちろん最悪、口から大きなため息が盛れた。3年間座ってきたけれど、改善される様子はひとつもない。
今日は推薦入試の合否が出た日だ。
私が生きてきた中で一番、最悪の日。
私の周りの物も人も全てに、優しくして欲しかったし逆に、何もしないでいて欲しい日だった。
私は落ちた、たった1人だけ。
だから、見上げた空くらい晴れていて欲しかった