※暗い話
彼が交通事故で死んだ。
友人伝いで彼の訃報が届いた。
仕事帰りの雨の中、バイクで滑って転んだらしい。
彼の友人いわく、「あいつが単独で転ぶなんてありえないから、猫か何かでも避けて滑ったのではないか」と。
何とも優しい彼らしい理由だ。
突然のことで驚きすぎて涙も出ない。
連絡が来てから、慌てて喪服を探しだし電車に乗った。
電車に乗ってからあとは、機械的な動きだった。
会場について、案内されるままに芳名帳に名前を書き、通夜に参加した。
本来であれば、1ヶ月半後の同窓会で会うはずだった顔ぶれがほぼ揃っていた。高校卒業以来の集まり。
友人の一人が声をかけてきた。「残念だったね」と。
この友人は知っているのだ。私が彼に恋をしていたことを。
あまり話したことはないけれど、いつも優しくて、挨拶だって欠かさず声をかけてくれる優しい人。
クラスの中心ではないけれど、中心グループにだってふらっと馴染んだり、次の日には別のグループにいたりする不思議な人。
好きだった。大好きだった。
同窓会で告白するつもりだった。
そこからどうやって帰ったか覚えていない。
やっぱり機械的にICカードを改札にタッチして電車に乗ったんだろう。気付けば家の扉の前にいた。
どさりとバッグを玄関脇に置いた。
履き慣れないパンプスなんて早く脱いでしまいたかったのに、そこから足が動かなかった。
ぽっかりと穴が空いてしまった。空いた穴から行き場のなくなった『好き』が漏れ出ていく。
あの人はもういなくなってしまった。明日には焼かれて体もこの世から消えてしまう。
どうしたらいい。どうすればいい。やりばのないこの恋は。
告白する前になくなった、空っぽの恋心は置き場を探して浮いている。
7/6『空恋』
浜辺で何かを拾った。
綺麗な青色。海の奥深くのような真っ青。
それはシーグラスだった。手のひらの中心にちょこんと乗るくらいの小さな破片。
私はそれをミニタオルに包んでバッグにしまった。
家に帰ってミニタオルを開くと、青がちょこんと乗っていた。
先程の浜辺を歩いた思い出がもう青に染み込んでいて――。
「海の音が聞こえる気がする」
引いては返す波のビジョンと共に、その音が聞こえた気がした。
7/5『波音に耳を澄ませて』
暑さを積み上げたような白い入道雲
空をたくさん吸ったような青い風
自転車の荷台は
君のために空けておく
夏の訪れは青春の訪れ
7/5『青い風』
海でもいい
山でもいい
電車に乗ってコトコト揺られたり
ドライブがてらハンドルを握って
誰にも縛られず自由に寄り道してみたり
誰にも邪魔されずぼーっと留まってみたり
心を拘束されることのなく
どこか遠くへ行きたい
/7/4『遠くへ行きたい』
『僕の力をクリスタルにこめたよ。身に宿せば世界一の魔法使いも夢じゃないさ!』
どこかに隠したから探しにおいで、と世界各国に挑戦状を出し、その天才少年は行方をくらませた。
その姿は、やれ北の国で見た、やれ西の森で見たなどと伝聞は聞くが、実際に見た人の話しは聞かない。
(金一万Gなんて目じゃねぇくらいの大財産だってのに、モノは愚か元所有者さえも見つからねぇなんて。みんな血眼になって探してらぁ)
とある酒場で酒を片手に、男は肘をつきながら1Gコインを指で弾く。
(俺も“夢”を当てて一財産築きたいねぇ)
ほろ酔いの頭で夢物語を描いていると、酒場の窓から見える森で何か光った気がした。
「ん?」
見間違いかと思い、再度目を凝らして見たが、しばらく経っても何も見えない。
(何か反射したんだろ)
気のせいだったと思い直し、本日5杯目の酒を通りがかった店員の女に頼む。
酒を待っている間、手持ち無沙汰にコインで遊びながら窓の外を眺めていると、先ほどと同じ光が見えた。
また気のせいかと思ったが、今度はすぐにもう一度光った。
(おいおい、気のせいでも反射でもねぇ、何か光ったぞ。これは大昔に見た漫画みたいに……もしかすると、もしかするか!?)
お待たせしました、と酒を持ってきた店員の手ごと持ち手を掴まん勢いで酒をあおり飲み、いささかふらついた足元を気合で立たせる。
そのまま支払いを済ませ、明かりも持たずに、すぐさま光の見えた森の奥へ急いだ。
(もしかすると、もしかすると――大金持ち!?いや、大魔法使い?俺、剣士だけど)
期待に胸を膨らませながら、男は反射した光を例のクリスタルだと夢見て歩を進めた。
夜の一人歩きは危険だと、冒険者の誰もが知る森の中へ――。
/7/3『クリスタル』
太陽が照り返すアスファルト
昆虫が耕す土
打ち水をした瞬間に蒸発する水
早朝の既に起きている自然が聞こえる森林
昼間の陽炎が焼くコンクリ地面
夜が遅くくる白い月の昇る群青
かすかに香る夏の匂い
/7/2『夏の匂い』