ああ、可愛いあの子。
長い手足。
珠のような瞳。
絹織物のような肌。
どれもこれもが美しい。
わたしが手塩にかけて作った罠に、かかった子。
誰にも渡したくない。
そう、誰かに渡してしまうくらいなら。
誰かのもとへ飛び立ってしまうくらいなら――。
「わたしが食べてしまいましょう」
/『蝶よ花よ』8/8
彼の密なんて吸わせない。
彼女はとても静かで、しとやかで綺麗な人だった。
そんな彼女と仲の良いわたしは、彼女が褒められると自分のことのように嬉しく、鼻が高かった。
勉強もでき、みなの和を乱さず、一歩引いているまさに“淑女”。
彼女は、周囲から月のような人だと言われていた。
けれど、わたしはどうしても周囲のその反応にだけは肯くことが出来なかった。
なぜなら、わたしには彼女が太陽のように感じられていたからだ。
わたしが誰かと話している時。特に男子と話している時。
そういった時は、だいたい彼女が他の誰かといる時なのだが、そうしてわたしが他の誰かと――彼女以外といる時。彼女は見てくるのだ。
じぃっと。彼女が話しているその人の影からじぃっとわたしを見つめてくるのだ。
それはもうじりじりと真夏の太陽のように。
木陰の隙間から涼むことを許さない陽光のように。
その瞳に射抜かれるとわたしは、ジュッとやけどをしたような気になる。
(誰が月下美人だ)
そして密かに恨むのだ。彼女を静かな月のようだと言った人を。
嘘だ。彼女は月の仮面をかぶった獰猛な太陽そのものだ。
/8/6『太陽』
そんな彼女を嫌いになれない“わたし”も、星にはなれない。
鐘の音が響き渡る。
たくさんの羽を休めていた鳥がその音に驚いて飛び立っていった。
リン、ゴーン。リーン、ゴーン。
部屋中に。耳に頭に響く。それもそのはず。鐘のすぐそばに間借りして暮らしているのだから。
はじめは心臓が止まりそうに、というか音が体中に響いて痛いほどだったが、もう慣れた。
おれの暮らしはここの手伝い。
朝の掃除、炊事、洗濯に家畜のエサやり。何でもする。
服を着替えながら、おれに似たような暮らしのプリンセスの話をつい先日聞いたことを思い出した。
(ああでも、あれはまだプリンセスじゃない頃だっけ?灰かぶってた時か)
羨ましいとは思わない。
おれには魔女の手助けなんていらないからだ。
誰かの手を借りて幸せを掴むくらいなら、おれはこの暮らしのままでいい。
幸せは、自分の手で掴んでこそだ。
靴紐を結んで、割れた鏡の破片で髪の毛の乱れを直した。
おれにとってこの鐘の音は、一日のはじまり。
早くここを出てやるという意志の再確認。
背中を押してくれる音だ。
「よっし、今日もやりますか!」
/8/5『鐘の音』
しっかり構成したり
ちゃんと校正したり
そういうことは今も前も出来てなくて
とりあえず書き連ねているだけだけれど
そういうことでも
積み重ねていけば何かの訓練にはなると思っている
つまらないことを
つまったものにするために
少しでもちりつもに
その中から原石を探して
磨くことが今の目標
/8/4『つまらないことでも』
「おかえり」
って声を聞かなくても、
君のその安らかな寝顔だけで
ボクは十分出迎えられているんだよ
だから
「ただいま」の代わりに
君の髪を撫でて額にキスを落とすのが
ボクと君の
「おやすみ」
明日は休みだから、
久しぶりにホットケーキでも作ろうかな
「キッチンをめちゃくちゃにするな!」って
君に怒られそうだけど。
/8/3『目が覚めるまでに』
家の外では砂埃が舞っている。
窓の外を眺めても、昔のような木々や建物は見えず、砂塵が我が物顔で通り過ぎるだけだ。
二年前から突然起こり始めた砂嵐。
人々は夜の間だけ止むそれに合わせて、生活を変えた。
今では真逆の意味となった「昼夜逆転」。ぼくは今、世間の人々とは正反対の生活――昼夜逆転した生活をしている。
お日さまが昇っている間に置き、夜に眠る。母さんからは、早く生活を正しなさいと言われるが、これまで12年間この生活をしてきたんだ。今更変えられるはずがない。
猛威をふるっていた砂塵が止み始め、さらさらと砂のカーテンが地面に落ちていく。夜が来た。
今日は満月のようだ。窓越しにのぞく白い光がとても明るい。
雲ひとつない空は明日が晴天であるということを教えてくれている、と昔誰かに教わった。
それならば、とぼくはその誰かに教わった方法を思い出す。指を組み、目をつむり、月を想う。
(お月さま。明日もし晴れるのならば、久しぶりに太陽が見たいです。真っ青な空に輝く、太陽が見たいです)
風もない静かな夜。目を開けると、月のそばの星が瞬いた気がした。まるで返事をするかのように。
/8/1『明日、もし晴れたら』