最悪だ。
やばい。バレた、バレたバレたバレた……
あいつに好きなことがバレた。
ずっと隠しておくつもりだったのに
何の拍子か、あいつに俺があいつを好きなことがバレた!
あいつにバレたということは、もちろんあいつの彼女にもバレる。
あいつの彼女にもバレるということは、あいつの彼女と友達の俺の姉ちゃんにもバレる。
最悪だ…………。
姉ちゃんにバレるということは、オレがゲイだということをこすられいじられ続けるぞ。家族に黙っているということを盾にゆすり続けてくるに違いない。
このままずっと姉ちゃんの奴隷なんて絶対嫌だ。
ああ、想像しただけで最悪だ。
そして何より俺自身が最悪だ。
自己嫌悪だ。
何が最悪って――。
あいつに俺の好意がバレたことより、一生姉ちゃんの奴隷になる方が嫌だと思っている俺自身が最悪だ。
/『最悪』
「じゃあ、約束ね!」
指切りげんまんと小指を絡める。
約束好きなあなたに触れられる唯一の時。
「貴女はきちんと約束を守ってくれるから、大好き!」
笑顔のあなたを見る度に、内心複雑になる。
どうして私がこんなにもあなたとの約束を守っているか、貴女は分かり得ないだろう。
貴女と友達になってもう十年経つけれど、ひとつだけ。
たったひとつだけ、貴女との約束を破っていることがある。
「お互いに秘密はなし。なんでも話すこと。約束ね!」
八年前にした約束。
いつも名残惜しくなる離れる小指を、この時ばかりは早く振りほどきたくて仕方なかった。
ごめんね。
これだけは、貴女にも話すことが出来ない。
(私たちの好きは相違しているのよ)
贅沢な望みは言わない。
ただ、貴女の小指に触れる。それだけでいい。
それだけを許して。
/『誰にも言えない秘密』
とても窮屈な部屋にいる。
まっくらで、身動きも取れない。
手足は折り畳まされ、目を開けても壁があるだけ。
“生きる”ことしか許されない部屋。
早く出たい。
どんどん窮屈になる部屋に不安を覚える。
なのに不満がまったくないのは、温もりに満ちているから。
(早く出ておいで)
遠くで何よりも安心できる声が聞こえる。
新しい世界へ出るまで、あと数十日。
/6/4『狭い部屋』
「正直者が馬鹿を見る」から、ずるく生きようとしている。
そんな純粋な人ほど、バカを見ているのではないのかい?
/6/2『正直』
『君にもしものことがあったら、僕は生きていけないよ』
隣でそう言っていた貴方は、交通事故で死んでしまった。
千秋楽が終わったら、そのセリフを本物にしてもらうつもりだったのに。
「どうして告白する前にいなくなっちゃうのよ……!」
/『失恋』
「入梅の頃。覚えやすかろう?」
彼はそう言って目尻を下げた。チャームポイントの太眉と膝小僧が本日も愛らしい。
梅雨入りを知らせるその日は、彼の誕生日である。
正確に言うと、彼がそう決めた日である。
彼にとって大切な日。眼前にいる彼女に救い出してもらった日。
あの日手を引いてくれた彼女の微笑みは、彼は一生忘れないだろう。
しとしとと遠くの方で雨の降る気配がした。匂いもする。もうすぐこちらにも雨雲がくるだろう。
テレビのニュースで、今年は例年より早く梅雨入りしたと言っていた。
また一年が過ぎた。今年も彼女と共に過ごせることを彼は心から喜んでいる。彼女や同居人は、きっとパーティーとやらもして盛大に祝ってくれるのだろう。
梅雨入りのジメジメとした空気は、昔のことを思い出す彼にとって、彼の心を土砂降りに、そして梅雨明けのように晴れやかにするのであった。
/『梅雨』
あさき、〜の某彼を。
急ぎあげ。
まともな大人になれなくてごめんね
いつも迷惑をかけてごめんね
わがままばかり言ってしまってごめんね
心配ばかりかけてごめんね
近いうちに「ごめんね」を「ありがとう」に変えるから
待っててね
/5/29『「ごめんね」』
今日から衣替えだ。
道行きに合流した男子高校生三人は挨拶を交わした後、口々に言った。
「今日からだな」
「だな」
「去年からこれでよかったんだよ」
「な」
手で顔を仰ぐ青井。
同意する井上。
昨年までを思い出す江藤。
「なんで年々暑くなんのに、日にち基準なんかね?」
「さあ?」
「まあまあ。今年は気温基準で、今日から半袖になったからいいじゃん」
「そうだけどさあ」
衣替えのタイミングについて不満を漏らしていると、三人の横を自転車に乗った同校の女子が過ぎていった。
なんとはなしにそれを見送った三人は互いに口を閉ざし、そして、
「やっぱいいよな」
「半袖」
「うん、いいよな」
頷きあい、視線を交わした。
「うなじがさ、色っぽいんだよな」
「はぁ?ブラチラだろ、やっぱ!」
「そこまでいったらワキのラインだろ、普段見えないエロス……」
口々に性癖を暴露し、
「安直!安直すぎんよ、お前!」
「お前こそ、ブラチラとか夢見んなよ。イマドキみんなキャミくらい着てるだろ」
「そういうお前はマニアックすぎんだよ!なんだよ、ワキのラインて。ワキじゃねぇのかよ!」
「限られた袖口から覗くラインがいいんだよ」
「キモい!」
互いの癖に文句を付けあった。
(……バカばっか)
騒ぐ三人の声を聞いていた女子が内心呟いた。
少し先の横断歩道で信号停止していた先程の自転車の女子である。
/5/28『半袖』
何が始まりだったんだろう。
彼女は突然キレた。
どうやら長らくの不満があったらしいが、それが爆発したらしい。
彼女曰く少しずつ不満を出してはいたらしいが、僕から言わせれば、あれは不満の声には聞こえない。
結局のところ、その不満を喜んで(今思えばそういう風に見せかけていただけだろうが)受け入れていたのも彼女自身だ。
そんなに嫌だったのなら、許容せずハッキリと拒絶すればよかっただけのこと。
それに、僕にだって彼女に対して同じような不満がなかったわけではない。
お互い様でそこを許容した上でのつきあいではなかったのか。
彼女がキレたLINEを寄こした数時間後、「さっきは突然ごめん。でも――」と謝罪と言い訳と縋りつくような言葉の羅列が送られてきた。
(ああ、僕は君のそういうところがキライなんだよ)
情に絆されてずるずると関係を続けていたが、ギリギリで繋がっていた糸がぷつんと切れた音がした。
(もういいや)
指がブロックの文字をタップした。
/5/19『突然の別れ』