もしも未来のことがわかったら
あなたのことなんか 好きにならなかったかもしれない
けど あなたがいなかったら
今のわたしはいないから
未来を見れたとしても
ボロボロになることがわかっていても
あなたと友達になったでしょう
そして友達になったら
あなたの魅力にのみこまれて
やっぱり好きになるんでしょう
/『もしも未来を見れるなら』
眠ってしまえば
人は色のない世界へ行くという
/『無色の世界』
3月某日。
温かい気候と、ほどよく晴れた空が私を見下ろしていた。
今日は卒業式。
はらはらと淡い花弁が散っている。
散った花を打つように雨粒が落ちた。
雨粒は雨になり、地面を濡らした。
こんなに晴れているのに。
/『桜散る』
幼い頃から俳優を目指すあなたは、成人を迎えてからもその夢を諦めず、スクールに通ったり自主練をしたりしていた。
いつか、同窓会で半年ぶりに会った時に、今は劇団に入っていると聞いた。
ちょこちょこ食事に行くことはあったが、まさかそこまで精力的に動いているとは知らなかった。
あんなに熱く夢を語っていたから、私に出来ることは何でもしてあげようと思った。より演技が上手くなるような、よい役者になれるような手助け。
一緒に色々な劇団を観に行った。アマチュアからセミプロまで、あなたのおすすめの劇団。あなたの知り合いの劇団を観に行った時には、折半で差し入れを持っていった。テレビに出ているような俳優の劇は、チケット代が高いと観に行けなかった。
劇団によって毛色がまったく違うのは面白かった。実力の世界だなと思った。
遠くに遊びに行く時は私が車を出した。あなたはペーパーだったから。場所はあなたの好きそうな、演技のネタになりそうな場所。辺鄙(へんぴ)な場所にある滝や、お城などの観光名所。誘われたアマチュアバンドのライブも。もちろん、帰りが遅くなった時は家まで送った。
色々なところに行って、思い出を作るのは楽しかった。
あなたはよく物真似をした。好きなドラマの登場人物が独特な舌打ちをしていたから、模写をして舌打ちをする。私は上手だと褒めた。すると喜んでずっと舌打ちを続けた。
どんどん上手くなっているのを聞いて、私の耳はちりついた。
あなたはタバコを吸うので、食事やお茶に行く時はいつも喫煙席。あってないような断りを入れる。高校時代から共通の友人も吸っていたから、いつものこと。
私はいつからかする喉の痛みを気づかないふりして、あなたの話を聞いた。
あなたの話は多岐に富んでいた。普通に生きていて、どうしたらそこまで変な人に当たるのかと思うほど。表現者には変人が多いというが、それだけではない。よっぽど対人運がないのか、いわゆる害のある人によく困らされていた。
私はそんなあなたの話を聞いていた。
あなたは頑張り屋だった。いじめられたり、相談も意味のないそんなバイト先なんか早く辞めたらいいのに、自分が辞めると新人しかいなくなると、発熱が続いて倒れるまで辞めなかった。
私は愚痴の電話をもらって、急いで看病に行った。
あなたが同じ劇団の人に恋をした。私は止めたが聞かなかった。あなたは泣いて私に愚痴った。あんなに最低な人だと思わなかったと言われた。三股していることは知っていたのに。
三ヶ月後に、その劇団が解散したことを居酒屋で聞かされた。
あなたは幾度か恋人を変え、また恋をした。その恋は絶対に敵わないと、きっと私以外の第三者から見ても明らかだったから止めたが、恋は盲目だった。
私は今までと同様、失恋も経験、と口をつぐんだ。
あなたがまた恋をした。今度も同じ劇団の人。あなたがずっと憧れていたという脚本家。今度も敵わぬ恋だったが、やはり聞く耳を持たなかった。
あなたは一生のお願いと言って、私にセックスを求めてきた。彼女に情けない姿を見せたくないという。さすがに断ったが、土下座せんばかりの懇願だった。私にこんなに必死に頭を下げるなんて初めてだった。
幅広い失恋の経験値になるだろうと、私はあなたに体を開いてあげた。私の処女は、おもちゃに奪われた。
それから5年。
あなたから誘いがくると体に異変が起こるようになった。あなたに会うべきではない。わかっていたが、それでも会いたかったので会った。
会った翌日は動けなくなり、一度病院に運ばれた。
五月某日。
いつもの喫茶店。最近はずっと禁煙席だったが、そこしか空いておらず、喫煙席に座った。
「あの、さ。タバコ辞めてくれる? 前も言ったけど、最近喉が痛くて……」
「え、なんで? 今までいいって言ってたじゃん。喫煙席だし。風邪じゃない? のど飴あげようか」
「いや、タバコなんだって。今日も会う前までに吸っててってお願いしてたよね?」
「えー、うん。言ってたけど」
「じゃあ」
「でも今も吸う時何も言わなかったじゃん」
もうダメだ。
あなたのためにと思っていた。
サンドバッグのように愚痴を聞かされるだけ聞かされて、私の話はあなたのよく鳴るスマホに邪魔されても。
演技の幅が広がるなら、それで上達するのならと、私はあなたを褒めて、そして我慢した。でも。でももう限界だ。
本当は、舌打ちもキライ。タバコも大キライ。私は同性愛者ではない。
箱代も払いたくないような大根時代から、舞台に上がる者から招待された者のマナーとして、毎回差し入れを持っていった。途中からお礼がなくなっても。
すべてはあなたが好きだったからやったこと。
そんな積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れた。
もちろん私が勝手にやったこと。勝手に積み上げてしまった塵だが、積もり積もって崩れた塵は私の心をぐちゃぐちゃに犯した。
彼女への怒りと虚しさ、自分の情けなさと身勝手さで狂いそうになる。
端から見れば、ホストに貢ぐだけ貢いだ挙げ句に袖にされたメンヘラ女のよう。それでもまだ会いたいという気持ちかあるのだから、本当に笑える。
笑えるが、心にぽっかり穴は空いた。
彼女への手紙を、便箋三枚に書いた。そして四階の自室のベランダから破り捨てた。
一生のお願い。
どうか、私には見えないどこかで、活躍してください。
――知人に聞いたノンフィクション。
たまたまお題と重なったので。未修正。
どれだけ手を伸ばしても、あなたには届かない。
彼を見つけたときから。
彼に憧れる同士を見つけたときから。
彼の後ろに、立つことが出来るようになってから――。
ずっと、ずっと、焦がれている。文字通りこの身が焼き焦げてしまうほど。
どれだけ努力を重ねても、どれだけその背に縋ろうとも。
彼は俺の手をするりと抜けてまた先へと行ってしまう。
〈鬼さんこちら、手のなる方へ。来れるものなら、来てごらん〉
言わんばかりの表情で彼は振り向く。
挑発的な瞳を湛えた、穏やかな笑みで。
いつか。いつか必ずあなたの横に立ってみせる。
そして――。今度は俺が手を差しのべてやる。
『届かぬ想い』