箱庭メリィ

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幼い頃から俳優を目指すあなたは、成人を迎えてからもその夢を諦めず、スクールに通ったり自主練をしたりしていた。

いつか、同窓会で半年ぶりに会った時に、今は劇団に入っていると聞いた。
ちょこちょこ食事に行くことはあったが、まさかそこまで精力的に動いているとは知らなかった。

あんなに熱く夢を語っていたから、私に出来ることは何でもしてあげようと思った。より演技が上手くなるような、よい役者になれるような手助け。


一緒に色々な劇団を観に行った。アマチュアからセミプロまで、あなたのおすすめの劇団。あなたの知り合いの劇団を観に行った時には、折半で差し入れを持っていった。テレビに出ているような俳優の劇は、チケット代が高いと観に行けなかった。
劇団によって毛色がまったく違うのは面白かった。実力の世界だなと思った。

遠くに遊びに行く時は私が車を出した。あなたはペーパーだったから。場所はあなたの好きそうな、演技のネタになりそうな場所。辺鄙(へんぴ)な場所にある滝や、お城などの観光名所。誘われたアマチュアバンドのライブも。もちろん、帰りが遅くなった時は家まで送った。
色々なところに行って、思い出を作るのは楽しかった。

あなたはよく物真似をした。好きなドラマの登場人物が独特な舌打ちをしていたから、模写をして舌打ちをする。私は上手だと褒めた。すると喜んでずっと舌打ちを続けた。
どんどん上手くなっているのを聞いて、私の耳はちりついた。

あなたはタバコを吸うので、食事やお茶に行く時はいつも喫煙席。あってないような断りを入れる。高校時代から共通の友人も吸っていたから、いつものこと。
私はいつからかする喉の痛みを気づかないふりして、あなたの話を聞いた。

あなたの話は多岐に富んでいた。普通に生きていて、どうしたらそこまで変な人に当たるのかと思うほど。表現者には変人が多いというが、それだけではない。よっぽど対人運がないのか、いわゆる害のある人によく困らされていた。
私はそんなあなたの話を聞いていた。

あなたは頑張り屋だった。いじめられたり、相談も意味のないそんなバイト先なんか早く辞めたらいいのに、自分が辞めると新人しかいなくなると、発熱が続いて倒れるまで辞めなかった。
私は愚痴の電話をもらって、急いで看病に行った。

あなたが同じ劇団の人に恋をした。私は止めたが聞かなかった。あなたは泣いて私に愚痴った。あんなに最低な人だと思わなかったと言われた。三股していることは知っていたのに。
三ヶ月後に、その劇団が解散したことを居酒屋で聞かされた。

あなたは幾度か恋人を変え、また恋をした。その恋は絶対に敵わないと、きっと私以外の第三者から見ても明らかだったから止めたが、恋は盲目だった。
私は今までと同様、失恋も経験、と口をつぐんだ。

あなたがまた恋をした。今度も同じ劇団の人。あなたがずっと憧れていたという脚本家。今度も敵わぬ恋だったが、やはり聞く耳を持たなかった。
あなたは一生のお願いと言って、私にセックスを求めてきた。彼女に情けない姿を見せたくないという。さすがに断ったが、土下座せんばかりの懇願だった。私にこんなに必死に頭を下げるなんて初めてだった。
幅広い失恋の経験値になるだろうと、私はあなたに体を開いてあげた。私の処女は、おもちゃに奪われた。


それから5年。
あなたから誘いがくると体に異変が起こるようになった。あなたに会うべきではない。わかっていたが、それでも会いたかったので会った。
会った翌日は動けなくなり、一度病院に運ばれた。


五月某日。
いつもの喫茶店。最近はずっと禁煙席だったが、そこしか空いておらず、喫煙席に座った。

「あの、さ。タバコ辞めてくれる? 前も言ったけど、最近喉が痛くて……」
「え、なんで? 今までいいって言ってたじゃん。喫煙席だし。風邪じゃない? のど飴あげようか」
「いや、タバコなんだって。今日も会う前までに吸っててってお願いしてたよね?」
「えー、うん。言ってたけど」
「じゃあ」
「でも今も吸う時何も言わなかったじゃん」

もうダメだ。

あなたのためにと思っていた。
サンドバッグのように愚痴を聞かされるだけ聞かされて、私の話はあなたのよく鳴るスマホに邪魔されても。
演技の幅が広がるなら、それで上達するのならと、私はあなたを褒めて、そして我慢した。でも。でももう限界だ。
本当は、舌打ちもキライ。タバコも大キライ。私は同性愛者ではない。
箱代も払いたくないような大根時代から、舞台に上がる者から招待された者のマナーとして、毎回差し入れを持っていった。途中からお礼がなくなっても。
すべてはあなたが好きだったからやったこと。

そんな積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れた。
もちろん私が勝手にやったこと。勝手に積み上げてしまった塵だが、積もり積もって崩れた塵は私の心をぐちゃぐちゃに犯した。
彼女への怒りと虚しさ、自分の情けなさと身勝手さで狂いそうになる。
端から見れば、ホストに貢ぐだけ貢いだ挙げ句に袖にされたメンヘラ女のよう。それでもまだ会いたいという気持ちかあるのだから、本当に笑える。
笑えるが、心にぽっかり穴は空いた。


彼女への手紙を、便箋三枚に書いた。そして四階の自室のベランダから破り捨てた。


一生のお願い。

どうか、私には見えないどこかで、活躍してください。







――知人に聞いたノンフィクション。
たまたまお題と重なったので。未修正。

4/17/2023, 12:03:30 AM