両手で掬い上げたすべてが溢れてもなお残る柔らかな灯火。
これを小さな愛と呼ばずして何と称するか。
【小さな愛】
潤す空の香りが漂う長い刻。
身を濡らして俯くと、波紋が際限なく広がる水面が目に入る。
点々とした空の涙が打ち付ける表情は、陰り、湿っぽい。
それは一過性の恵み、一過性の愁情。鼻につくだけで、心まで萎れそうだった。
だが、それも長くはない。
隔てられていた一筋が差し、次第にその憂いは向こう側へと追いやった。
なおも尾を引く気持ちを込めてか、灰色の群れは最後の大粒を零した。
昇る景色を朧げに映し、そして水面に滴った。
波紋を大きく描いたあとの鏡は、清々しく青かった。
いずれの再来を過らせる残り香を跡に刻んで。
【雨の香り、涙の跡】
雨滴で濡れる今日だけは、
僕と貴女で、番傘のなかで巣を作る。
【傘の中の秘密】
堕ちてなおも気高さがあらば、
暗い底にて煌めく瞳は王の威に似るかな。
たとえそれが魔の者であれど、
人を想う心を持てば、
死の奥まで輝きをもたらすだろう。
【光輝け、暗闇で】
小さい頃、できない約束をいつもの調子で交わして、
友達の君は去り際に「ずっと覚えてるからな」と一言を残した。
この瞬間が訪れるのを分かって君は私とそう誓った。
ひどいよ。
私を不安にさせないように、無理な約束をするなんて。
普通なら怒るところなのに、何故かそんな気にならない。
あーあ。
こんなにも募らなかったら、咽ぶこともないのに。
長い月日が経って、私は高校を卒業した。
あの頃の約束を覚えてはいるけど、今日まで来てしまうと思い出の底に沈んでいる。
晴れて大学生になって、これからは行きも帰りも電車一本。一時間という長めの道のり。
知り合った友達と話に花を咲かせても、君の笑顔が脳裏にちらついてばかり。
そんな感情が一回は瞬く日々を過ごして、今日は一人で帰路を辿っている。
人気の少ない車両にぽつり。
座席に腰かけて揺られるがまま。
沈む太陽にただ見つめるがまま。
電車が中間の駅に停まった。そして間もなくして前進を始めた。
私の隣に男が座る。少しは空けているけど、不思議とこの感じから懐かしさを覚えた。
「ぼんやりしてんな」
名残のある口調。
男らしくなった声色。
知っている雰囲気。
見なくとも分かってしまう、君の正体。
頬が緩む。整っていた息が震えてきた。
私は思わず俯いた。
見たくない。でも、離れたくない。
「うるさい」
頬に伝う雫を、君は指で拭った。
おそるおそる、私は顔を上げた。
あーあ。我慢できなくて見ちゃった。
心の水甕からとめどなく溢れてくるのを、抑えきれなくなってしまった。
「約束、ようやく果たせるね」
良かった。
君のことを忘れなくて。
遠い約束をした分、責任とってよね。
【遠い約束】