彼には辛かった

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10/13/2025, 3:11:20 PM

「さよならできるならしたい。
生まれ変わりたい」

その言葉は、耳へぬるりと滑り込む。
頭蓋内をカラスのように飛び回り、やがて頭の裏に爪を立てた。
その爪は骨のドームにめり込む。そのせいだ。
いくら頭を振っても、その言葉は、鉛筆に漂う鉛筆の匂いそっくりにそこにある。

俺は、なんとか言った。

「そんなこと、言うなよ」

……やはり、という言葉も言うべきではなかったかもしれない。
誰も、湧いて出る唾と言葉を同じに見ていない。
“さよならできるならしたい”?なんて深い言葉なんだ、そこに至るまでの過程と、ここに至った理由をよく考えるべきではなかったのか。

などと今さら思い詰めていたって仕方がなかった。
なぜなら俺はもうあの言葉のすべてを“そんなこと”と言ってしまったのだ。
やはり、唾と言葉は同じかもしれない。

ベッドの友人は、三秒かけて胸の空気を抜ききった。

「……なんだよ。君から聞いたくせに」

そしてまた吸う。
息をすることさえも、友人には“やらねばならない作業”なのだろう。

俺は自分の膝頭をパンッと叩き、立ち上がった。

「気分転換。しようぜ」

友人の眼は期待の対義語ほど冷たかったが、少なくともこちらは見ている。
俺はそのままの勢いで、言ってしまうことにした。

「部屋にこもってばかりいちゃ、セロトニンも根詰まりするんだぞ。外。出よう」

正直に言うと、セロトニンの根詰まりは俺の脳みそでこそ起こっている。太陽がこのクソ菌ひとつない天井に阻まれているせいではない。
この空気のせいだ。そうだ。
この空気は硬い壁なんて甘い言葉じゃ表せない。それは、俺の身を潰そうと波のようにうねる岩の海だ。

俺は、とにかく一度、いやもう一度、座った。
スツールの足が不安定に揺れる。
この部屋の床は、ビー玉を転がすのにうってつけだった。

友人の顔は、今や窓に向いている。
俺のせいに決まっている。
俺は黙りこくった。岩は俺の腸に、着々とのしかかる。友人の答えをただ待った。

「……君はなんにも分かってないんだ、僕のこと」

見事に腸は破裂を決める。
ああ、来なければよかったかもしれない。

友人の黒髪は、まるで俺に世界の穴を見せているみたいだった。
だってその黒髪は、太陽の光にほんの一本たりとも染まりはせず、ただ黒い光を放っている。
そこからぬらりと現れているうなじは、まるで白蛇だ。頚椎が皮膚から浮いているその不気味なうなじは、俺を振り返る。
頭の重さに今にも折れそうだったが、友人は俺を見た。

その眼には、どんなメークのゾンビより死の気が宿っている。

「君ってわかろうとすらしてないよね。僕のこと。
僕に興味ないんだ。
なのに、なんで会いに来たわけ?」

友人の頬は、唇は、鼻は、痩せこけていた。
俺はようやく唾を飲む。

他人からかけられる唾ほど、嫌なものはない。

「俺とお前がこんな時に、どんなことを話せるか気になったからだ」

俺たちは、人生のうち最も長く、濃密な十年を共にしたはずだった。
しかし結局俺はこう思う。

これでこいつが死んだ時に、俺はきっとそこまで長くは引きずらないだろう。
自分もろとも古雑巾になるまで、重いこいつの死体を引きずらなくて済むだろう。

きっとお前だけが十年、俺の唾に濡れていただけだったのだ。



どうだってよかった。
もうどうだってよかった。
おまえがどうなろうと、俺がどんなであろうと、とにかく俺は大丈夫だった。
おまえとは違って、俺は生きている。

10/1/2025, 10:23:53 AM

秋になると、決まっていつも胃腸炎にかかる。
何を口に入れても気持ちが悪くなってきて、何を口に入れてもお腹が痛くなる。
トイレにこもって、ヒリつく腹痛に全身を震わす。

9/30/2025, 3:22:12 PM

それがとてつもない苦痛に思える。
道半ばで諦めるのは嫌だが、宛もなく、どこだか見当さえつかない道を歩き続けるのも、大概嫌だ。
であるなら、僕は、きっと道半ばで立ち止まってそこに咲いている花やら草を見るだろう。
その間を除くと、虫やらイタチがうじゃうじゃ蠢いているだろう。
気分が悪くなって、僕はまた立ち上がって歩くに違いない。
そうしているうちに、また、段々と歩み続ける足が棒のようになってきて、それでいて何も得られないこの虚しさに潰れそうになる。
思い出せるものなどほとんどなにもなく、またそれがあったとしても力になるわけでない。道具や食事に姿を変えてくれるわけでもない。
僕はどうすればこの道から出られるのかと、道から逸れて草花を踏み荒らし、離脱しようとする。
茂みに突っ込んだ足をムカデやバッタがうごうご登ってくるだろう。
僕は空に手を伸ばし、そして空に触るのだ。
トゥルーマン・ショーのような。
壁に描かれた空を空と認識していただけだったと僕は知って、また道に引き返すのだ。
尻もちをついて、途方に暮れ、やはりここを進んでゆくしかないのだと思う。
たったそれだけで、この出来事があったからと言って、僕の気持ちやサイクルが変わるほどでもない。
映画を見ても人生は変わらない。
そのひと時を一本に捧げ、自身の脳みそにある肥溜めへ放り込むのだ。
まれにそれが肥料となって、一本の芽を出すかもしれないが、それを育てるか諦めるかは自分次第と言ったところである。

そんなものだ僕とは。

誰かが一枚、一文にそのひと時を捧げ、誰かの肥溜めに放り投げられていくのを見つめるのだ。
その誰かから絶賛されても空虚な気持ちになってしまう。自分のその一つに、自分が一番納得していないからだ。
そしてまたそのひと時を捧げ、またつくる。
僕はどうにもならずにとにかく進んだ。

9/28/2025, 3:16:14 PM

すごく苦しい。吐き気がして、いい一日がこの吐き気のために台無しになる。吐き気がしている間は、とても今日良かったことを思い出せない。逆に、悪いことばかり考えてしまう。
眠れない。しかし、薬を飲んだから、治まってくれるだろう。
少し希望をもって、しかしやはり吐き気は酷く、この頃そればかりで、飯を食うのが嫌になる。

永遠なんて、ないけれど

9/26/2025, 1:33:31 PM

※薄いSanster(BL)


サンズとガスターは、まず相性が凄まじい。

サンズは紙コップを机に置いた。
コップからふんわり膨れ上がって、フラフラただよう湯気の先には、PC画面に取り憑かれたガスターがいる。

サンズは邪魔をしないように、ひっそり自分の席へ座り直した。
静寂の合間に、廊下からの物音や、戸締りの激しい音が落ちてくる。
サンズも、画面の発注書と、手元の見積書を見比べながら時折マウスを動かした。
そこへ、コーヒーをすする音が加わる。

サンズは、ガスターをチラリと見た。
彼は、コップを繊細に傾けてゆっくりと口へ流し込んでいる。

そして、サンズを見ていた。

サンズはすぐさま、モニターに目を戻す。

「……クレームなら聞かないぜ」
「むしろその逆だ。君にコーヒーの好みを言った覚えがない」

ついもう一度、ガスターを見てしまった。
サンズはゆっくりと目線を外し、再び作業に取り掛かろうとする。

「クレームは聞かないが、クリームなら効いてるって?博士、仕事中は私語しないってルールだろ」

しかし、ダジャレを思いついた時、特にサンズのような男は話をやめられなかった。
そう、ダジャレのせいなのだ。

サンズは、数量から単価価格を確認したあと、ガスターの顔を見て、忘れる事を四回も続ける。
ガスターが息を吐くのが聞こえた。

どうやら、サンズが気がつかないうちに会話は終わったらしい。
そもそもサンズの言ったダジャレは良い締めにもなっていた。

サンズも、音を出さずに息を吐き、ようやく最後の仕事に取り掛かる。


最後に、電源を落とした。
サンズは軽くのびをすると、壁にかけられた質素な時計を一目見る。

七時四十分……家まで一時間。

椅子にだっくりしなだれかかって、
肋骨から空気を吐いた。

ガスターは、未だにPCに向かっている。
マウスを地団駄のように操作しては、眉をよせて画面を眺め、時折眉間を揉みしだく。
サンズはふと、自分はデスクワーク中、どんな風に見えるか気になった。

さて、残すは片付け。さっさとやるに限る。
椅子から飛び起きると、見積書の束を手に取った。
元のファイルに滑り入れ、ガスターの元へ向かう。
これは私語ではない。見積書の持ちだし簿を管理しているのがガスターだから、業務上非常に必要な会話なのだ。

「ご注文はコーヒー?」

……話には、取っ掛りが必要である。
ガスターはモニターを見つめたまま、その取っ掛りに素早く答えた。

「間違いない」
「いいね。じゃいれてくるよ」

サンズは踵を返し、オフィスから休憩室の方へ向かう……そう。会話には、取っ掛りが大事なのだ。したがって、この行動は全く正しい。
したがわなくとも、正しいはずだ。

仕事が長引いているガスターと、三日まともに眠れていない学生の凶暴さは、互角である。


「おまちどー 」

紙コップを机へ置く。
中で、コーヒーは黒い体へ光を飲みながら、とっぷり動いた。

「ああ、……どうも。ありがとう」

ガスターは紙コップをすぐさますくい取り、一気にゴクンゴクンと飲み干す。
間違えて水を入れてきたかと思うほどだった。

ガスターはコップを丁寧に置くと、言う。

「それで、要件は?」

サンズは言葉よりも、彼の顔に気を取られていた。
サンズに向けられた、重い疲れにくたびれながらも優しい笑顔は……
ハッとして、サンズは眼光をキュッと縮ませる。

「…………いや。ああ、ごめん」

ガスターから目を逸らすしかなかった。
サンズは首を下げて、手に持ったままだったファイルを差し出す。

「発注書が出来たんで、見積書を返そうと思ったんだ」

指先からファイルが抜き取られた。
サンズは背筋を伸ばしながらも、目は逸らし続ける。
ガスターは、ファイルの中から見積書を一枚一枚確認しているようだ。なぜ露骨に目を逸らしてまでいるのに、彼の動向を気にしてしまうんだろう?

「発注書の作成なんてのは……本来事務の仕事なんだがね」

ガスターは突然話し始めた。

「近頃、PCが一般に流通しだしただろう。
そのおかげでPCを扱えるモンスターの需要が高まったんだ」
「……らしいな。コンブリーも、自立するってさ。まあ、アイツに限ってはそれが妥当だよ」

サンズはそこまで言って、漠然と言葉を止める。
ガスターの顔へ、ゆっくりと視線を動かした。
彼の表情は、見事にサンズの予想通りに険しい。
彼は重く口を開いて、語った。

「……有名無実とはこの事だ。
ここ数年で、王立研究所は王国の支柱から金食い虫へと堕落した」

ガスターのペンは、静かに紙を縫う。
サンズはそれを聞きながら、ゆっくりと息をついた。

王国は研究所への支給資金をもっと別の場所へ、充て始めている。サンズのような、博士号のない研究員にさえも、その現状は大きく知れ渡っていた。

「すまない。君もこの事態に巻き込まれている。
給与が十分でないのならぜひとも言ってくれ。
私はできる限りの事をするよ」

サンズは短く笑う。

「そりゃ心強いや。あんたにできない事はないからな」

ガスターの口角は確かに上がったが、その目元は明らかに躊躇いがちだ。
彼はそのままPCに向き合う。

「今日も一日ご苦労だった。
よく働いてくれたね。心置き無く退勤してくれ」

サンズは、一瞬の間何も言わず、何も考えずに、青く照らされたガスターの横顔を見つめた。

「……お言葉に甘えて」


PCは倒れるように眠る。
ガスターは大きく息を吸って、吐いた。

オフィス中には、既にしっとりとした暗闇が染み渡っている。ガスターはそれを見渡すと、ぐったり立ち上がった。
ガスターのノッポ影は、そのまま、手首に重りをくくりつけているかのように、とぼとぼと出口へ消えていく。

静寂の立ち込めた廊下に、足音を響かせながら、ガスターは無性に黙っていた。
頭の中でもだ。ガスターにとっては、金日食ほど珍しい。
エレベーターのボタンが指の先で沈み込むと、ゆっくり離した。エレベーターが下がってきた所へ、黙って乗り込む。ただ動作をやりついだ。
ガスターの顔は寂しかった。

ココ最近、総合研究所内から事務員が引き抜かれていくだけでなく、研究員たちもとめどなく辞め始めている。皆一様に、取り掛かっている内容へ真摯に向き合う他、生活の事も考えなくてはいけないのだ。結果を出さなければ、以前のように、充足に充足を重ねたような資金は得られない。
資金が下がれば給与も下がり、結果を出せなくなる。この悪循環は解決しなければならない。
しかし、これ以上の軽減はどこかへ負担を及ぼした。

エレベーターから出た所には、事務フロアが広がっている。
総合研究所は非常に複雑な内部構造で有名だが、事務フロアだけは簡素にシンプルに、わかりやすく道を成している。
それは単に、客人が多いからだ。

ガスターは何気なく、ひとつひとつのオフィスを覗きながら歩く。
事務フロアの熱気も、研究員たちに負けず劣らずで目を見張るものがあった……
抱える仕事をさらに効率化しようとして、試行錯誤している人物を見かけた事もある。
主婦業の傍ら、働きに出たい一心でやってきた、素晴らしい才能の持ち主だった。
当時若かった彼女も、今は幾つになったのだろう……

事務フロアを抜けた時、ガスターはまた閉口していた。

事務フロアを抜ければ、あとは受付である。
遅くまで働いているグッナイトのセプターは、最後にこう言う「では、いい夢を……」。
ガスターは機嫌のいい時、時間がある時に返事をする。そうでない時は、返事もしない。
しかしセプターは、いつでも安らかな表情を忘れなかった。

セプターの席に座ったニワトリのモンスターは、ガスターをチロチロ見ながら送り出す。

自動開閉ドアのランプは緑に変わり、ガスターのためにゆっくり開いた。
待つ間、いつものように受付の電光を吸い込む廊下の暗闇に振り向く。

……誰もいない。


サンズは、オーバーコートを捲りあげて腕時計を見た。
八時二十分。まあ、許容範囲だ。

かかとを地面から上げて、トンと落とし、また上げて、トンと落とす。
ふと物音がしたような感じがして、総合研究所の出入口を振り向く。もう何度もそうだったように、物音はなんでもない家鳴りだった。

サンズはどうしてこんなストーカーじみた事をしているのか?
それはサンズ自身が本気で、これがストーカーじみた行動だとわかっていないからだ。
それに、サンズはまだ若い。行動力の化身である。
恋は盲目とは、よく言ったもの。

サンズはため息をついて、道の先を見やる。
総合研究所の敷地はとんでもなくデカイ。
研究所の周囲は、一般人でも見学できるようになっているのだ。
ツルリとしていて、背の高い面白い植物や、黄白く縁取られた緑の葉たちが地面へ生い茂り、また一方で、苔むした岩や、なにか美しく削りとられた岩やら、化石やら、とにかく色んな岩が置かれたエリアもある。
噴水まであった。ライトアップされたカラフルに光る水の横行を、ボーッと眺めてサンズは、ため息をつく。

ふと、自動開閉ドアが体を揺らした。
サンズはハッとして、即座に振り向く。
そこからは、ガスターは颯爽と滑り出てきた。

「……よう、博士」

すごい勢いで帰路についていたガスターは、サンズの言葉にピタリと止まる。
驚きのあまり、ゆっくりと振り向く動作には、サンズの口角は耐えきれなかった。

「サンズ……?なにか約束でもあったかな、それともなにか……相談事か?」
「そんな事ならさっき話してたさ」

サンズは目を閉じて静かに言う。
しかし、返事は響かず、虫の小さな声が帰ってきただけだった。

「……飯でもどうかなって」

ガスターは姿勢をただすと、ゆっくり歩み寄ってくる。
サンズも目を開けた。
そして少し緊張したから、頭を下げる。ガスターはサンズの隣で立ち止まり、言った。

「ご兄弟はいいのかね」

チラリと見上げたガスターの顔には、深い興味を覆い隠す、静かな驚きが広がっている……
なんて考えてる場合ではない。
サンズは慌てて答えた。

「大丈夫だ。今日一日、友達と勉強会するんだって元気よく出かけてったよ。へへへ」

サンズは目を伏せる。ガスターは口ほど、パピルスに興味をもっていないのだ。

「そうか。なら行こう」

先に歩み始めたのはサンズである。恐る恐る一歩踏み出し、ガスターが着いてくるのを見てから、歩いた。

「どの店に?」

後ろからガスターの声が響く。サンズはハッとして、歯を食いしばった。

「ごめん。言い忘れてたよ。えっと、今日はオレが奢るから……トランキーロへ行こうと思う。どうだ?」

噴水を横切るとき、水のカーテンで揺れているガスターの影が見える。
静かで、穏やかで、時間を忘れるような時間。サンズの感情は少し、振り回されていた。

「もちろん、他の場所でもいいよ。飲める場所なら」
「いや。そこにしよう。しかし君の奢りはナシだ」

サンズは少し笑って、反論してみる。

「おいおい。みみっちい給料なのはオレたち下っ端だけだってのか?」

後ろから、ガスターも笑った。
畳み掛けるように続ける。

「一度くらいは、見栄をはらせてもらいたいもんだぜ」
「わかったわかった。
しようがない。見栄を君に奢ろう」
「へへっ、負けず嫌いめ」

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