【プレゼント】
小さい頃、プレゼントと言えばクリスマスだった。
誕生日は何故か貰えなかった。少しだけ大きくなってから自己申告して漫画を買ってもらったくらい。その時の親はちょっと嫌そうにしていた。
お金払うの、嫌だったのかな。
クリスマスプレゼントは周りが騒いでいたから、プレゼントというものがあるのだと知ったから、プレゼントといえば誕生日よりもクリスマスなのだ。
でも歳を重ねていっても親からは何も貰えない。私が違う考えだったのかな。
いつからから私があげる側になっていた。誕生日、クリスマスはプレゼントは無いけれど正月には親含めた家族にお年玉を渡していた。そうすることで、私の心が保たれていたからだ。
でも私が20代半ば、妹が働き始めた時こう言われた。
「お姉、誕生日何欲しい?」
一瞬、分からなくて聞き返した。
妹も聞かれている意味が分からなくて聞き返してきた。
初めてプレゼントといわれる物を貰った時はなんとも言えない気持ちになった。悪い意味ではない。
なんだろう、与えていた愛にお返しをくれたようだった。
【ゆずの香り】
最近好きな飲み物は?と聞かれるとゆずサイダーと答える。酸味のあるゆずの香りとパチパチ弾けるサイダーがとても好きだから。
「今日はゆず湯にしてみたよ」
母が言った。お風呂に行けば、ゆずが湯船に浮いている。ゆずサイダーの時と同じ香りがする。
お風呂に入りながらこれがゆずサイダーなら良かったのに、と思ったけれどそうなったら一人でずっと飲んじゃいそうだな、と思って一人でくすくすと笑った。
『大空』
引きこもってどのくらい経っただろうか。
自分の部屋だけが生きていても良いと思えた場所だった。
学生の時はこんなこと無かった。友達もいて、勉強は難しかったけどつまづく事なんてなかった。
社会人になってからだと思う。
ミスをすれば怒鳴られた。親でも身内でもない、赤の他人に怒鳴られるというのはなかなかくる物がある。
毎日止まらない脂汗、手の震え、動悸。
眠れなくて生きているのが嫌になるくらい。
そうしてやっと悪夢のような場所を辞めたのに、身体は部屋から出るのを拒否した。
昼間は全然眠れなくて、夜になってようやく落ち着く。暗いのがちょうど良いのかもしれない。
ある日、自分の部屋をノックする音がした。
寝ていた俺はぼんやりと時計を見る。針は13時を差していた。
昼間に親が来ることはあまり無い。いつも夕方くらいだ。
じゃあ一体誰が…?と思っていると声が聞こえた。
「久しぶり、覚えてる?」
聞き覚えのある声だった。
学生時代、仲の良かった友人だ。
「……あき、ら?」
「うん、あきら。覚えててくれてありがとうな、たつき」
親以外の人が呼ぶ自分の名前。
それがとても心地よくて涙が溢れた。
「開けてもいい?」
「あっ……汚いから、あんまり……」
「……じゃあさ、たつき。出てこれる?」
「え……」
この部屋から?
生きていて良い、この部屋から?
出来るのだろうか、自分は。
「今日さ、凄く良い天気なんだ。雲ひとつない青空。なんか無性にたつきと見たくなったんだ。久しぶりに帰ってきたら……おばさんに色々聞いたよ」
「……」
なんて言われるのかな。
情けないって言われるのかな。
「そんなとこ、辞めて正解!」
「……えっ?」
「そんなんされたら心も身体も壊れるに決まってんじゃん。たつき、頑張りすぎ。頼れって昔言っただろ?」
「責めないの……?」
「責める要素がどこにある?ちゃんと評価してくれないようなところ、働いている意味がない」
「でも……迷惑かけたし……」
「迷惑なんて誰も思っていないよ。おばさんたちもね」
「……」
「少しでいいからさ、久しぶりに一緒に空見ようぜ」
自分の手がドアノブを回していたのに気付いたのは、ドアの向こうにいたあきらと目があった時だった。
大人になったけれど面影のあるあきらと、隣で小さく「ありがとう」と言ってくれる母がいた。
どうやら、生きていても良い場所が増えたようだ。
□
「たつき、そっちはどうよ?」
「うん、最近は明るい時にも外に出られるようになったんだ」
「良かったじゃん!」
「今も散歩してるけど、良い天気だよ」
鮮やかな水色が広がる大空が目の前に広がっている。
あの部屋から見るよりも、こうして見ると本当に広いと思ってしまう。
確かにあの時はあの部屋が自分の世界だったけれど、こうして広げてもらった世界を少しだけ、大事にしようと思った。
『ベルの音』
なんとなく学校帰りに寄ったカフェ。
いつもは見向きもしなくて、なんなら今日初めて知った。
ひっそりとした場所にある訳でもないのに、何で今まで気付かなかったんだろうと思い、足を止めて見ていた時ドアを開けたベルの音がした。
「おや、お客さんかな?」
「あ……」
「良かったら入っていく?」
出てきたのは自分より年上のお兄さん。20代後半くらいだろうか。
お兄さんの問いに頷き、中へと入った。
人気のカフェのようにキラキラとした場所では無くて、木をベースに落ち着いた色味とゆっくりとした音楽が流れている。
カウンターに座り、メニュー表を見た。大好きなミルクティーがあったのでそれを注文した。
「ちょっとまっててね」
そう言ってお兄さんはミルクティーを作り始める。
ちらりと辺りを見た。
誰もいない空間に、独り占めしているような気分だ。
「はい、お待たせ。ミルクティーです」
差し出されたそれにゆっくり口を付けた。
ほんのり甘いミルクティーに、ほっと心落ち着ける。
「なにかあったの?」
お兄さんは聞いてきた。
「……なにかあった訳じゃないんです。でも何もないんです、私」
周りのみんなは将来どうするとか、やりたい事があるとか、もうそんな事を考えていた。
自分が置いていかれるような気になって、勝手にいじけていただけなのだ。
「何も無くてもいいじゃん」
「……え?」
「無理やり作るものでもないからね、そういうの。何かあった時に備えておくのは良いのかもしれないけれど」
「い、良いんですか……?」
「決めるのは君だけどね。でも、大事なのは君の思いだからさ。それは君しか知らない」
周りのみんなに合わせることはないんだよ。
お兄さんはそう言った。
そっか、いいのか。
ふ、と軽くなった気がした。
最後の一口を飲み干し、支払いをする。
お兄さんは店を出る前「応援してるね」と言ってくれた。
「ありがとう、ございます」
カラン、とベルの音がした。この音にも応援してもらったようで帰り道の足取りは軽くなっていた。