『大空』
引きこもってどのくらい経っただろうか。
自分の部屋だけが生きていても良いと思えた場所だった。
学生の時はこんなこと無かった。友達もいて、勉強は難しかったけどつまづく事なんてなかった。
社会人になってからだと思う。
ミスをすれば怒鳴られた。親でも身内でもない、赤の他人に怒鳴られるというのはなかなかくる物がある。
毎日止まらない脂汗、手の震え、動悸。
眠れなくて生きているのが嫌になるくらい。
そうしてやっと悪夢のような場所を辞めたのに、身体は部屋から出るのを拒否した。
昼間は全然眠れなくて、夜になってようやく落ち着く。暗いのがちょうど良いのかもしれない。
ある日、自分の部屋をノックする音がした。
寝ていた俺はぼんやりと時計を見る。針は13時を差していた。
昼間に親が来ることはあまり無い。いつも夕方くらいだ。
じゃあ一体誰が…?と思っていると声が聞こえた。
「久しぶり、覚えてる?」
聞き覚えのある声だった。
学生時代、仲の良かった友人だ。
「……あき、ら?」
「うん、あきら。覚えててくれてありがとうな、たつき」
親以外の人が呼ぶ自分の名前。
それがとても心地よくて涙が溢れた。
「開けてもいい?」
「あっ……汚いから、あんまり……」
「……じゃあさ、たつき。出てこれる?」
「え……」
この部屋から?
生きていて良い、この部屋から?
出来るのだろうか、自分は。
「今日さ、凄く良い天気なんだ。雲ひとつない青空。なんか無性にたつきと見たくなったんだ。久しぶりに帰ってきたら……おばさんに色々聞いたよ」
「……」
なんて言われるのかな。
情けないって言われるのかな。
「そんなとこ、辞めて正解!」
「……えっ?」
「そんなんされたら心も身体も壊れるに決まってんじゃん。たつき、頑張りすぎ。頼れって昔言っただろ?」
「責めないの……?」
「責める要素がどこにある?ちゃんと評価してくれないようなところ、働いている意味がない」
「でも……迷惑かけたし……」
「迷惑なんて誰も思っていないよ。おばさんたちもね」
「……」
「少しでいいからさ、久しぶりに一緒に空見ようぜ」
自分の手がドアノブを回していたのに気付いたのは、ドアの向こうにいたあきらと目があった時だった。
大人になったけれど面影のあるあきらと、隣で小さく「ありがとう」と言ってくれる母がいた。
どうやら、生きていても良い場所が増えたようだ。
□
「たつき、そっちはどうよ?」
「うん、最近は明るい時にも外に出られるようになったんだ」
「良かったじゃん!」
「今も散歩してるけど、良い天気だよ」
鮮やかな水色が広がる大空が目の前に広がっている。
あの部屋から見るよりも、こうして見ると本当に広いと思ってしまう。
確かにあの時はあの部屋が自分の世界だったけれど、こうして広げてもらった世界を少しだけ、大事にしようと思った。
12/21/2024, 10:21:03 AM