ぱたぱた、ぱたぱたという誰かの足音で目を開く。いつの間にか共有スペースのソファで寝落ちしてしまっていたようだ。自分は吸血鬼の王だと言うのに、人目に付く場所で眠りこけるなど恥ずかしい……と考えていたら次第に足音が大きくなってきた。よく聞くと足音は3人分あるようだ。一体誰が来るのだろうか、もういっその事このまま寝たふりして驚かしてやろうかなと考えているうちにガチャリとドアノブを回す音が聞こえ、反射的に寝たフリをしてしまった。薄目で確認するとやはりというか、おにいさんとステリアともう1人いる。もう1人はおにいさんの影になって誰かわからないが、おにいさんやステリアに隠れられる位のヒーローと言ったらテスラやメグメグといった少年少女だろうか。驚かせるタイミングを図る為に様子を暫く伺う。しかし、3人の会話は全くと言っていいほど途切れないのだ。それに自分と話している時より楽しそうなのが気に食わない。さっさと突撃してしまおうと思ったその時、自分の名前が聞こえた。一体、おにいさん達は誰と話しているの?と驚きと困惑が胸を満たした時、もう1人が見えた。間違えるはずがない。自分と瓜二つの容姿と片眼鏡。あれは、あれは……!
「レヴィ!」
自分の声に驚いて目が覚める。いつの間にかリスポーン地点で眠っていたようだ。今の自分は吸血鬼の王だと言うのに人目に付く場所で眠りこけるなど恥ずかしい……と考えていたら足音が聞こえ、それは次第に大きくなってきた。これはまるで先程まで見ていた夢と同じではないか、まさか予知夢というものか?いや有り得ない、レヴィは……。しかし、この不思議なシステムならば起きてはおかしくない。そう思い期待に胸をふくらませながらおにいさんを待つ。寝たフリを続けているとやはりというか、おにいさんとステリアがいた。しかし自分が期待したもう1人の人物はいなかった。
「ラヴィ。お疲れ様、トマトジュース用意したから帰ろう。」
「ラヴィちゃん。お疲れ様、お姉さん特製ポーションもあるよ〜。疲れが取れるから絶対飲んでね。」
そう声をかけられ今まで自分は何を考えていたのだろうと自嘲する。レヴィはもう元の姿には戻らないけれどすぐそばにいるじゃないか。過ぎてしまったことはもう元には戻らない。だからこそ今を大切にしなくてはいけないのだ。レヴィを、ステリアを、そしておにいさんを、ずっと変わらず一緒にいるためには、ラヴィが最強だってことを周囲にわからせてあげなくちゃいけない。そうすればもう誰も自分たちを襲ってくることは無いからだ。けれど、けれども、願わくばあの夢の続きを──
あの夢の続きを
「ぬくぬくだねぇ〜。お蜜柑食べる?」
「やった!食べる!やっぱりコタツ最高だねお姉ちゃん。」
今隣で蜜柑を向いてくれているのはステリア。最初に、自分のことをお姉ちゃんと呼んで欲しいと言われた時はそれはもうすごく驚いた。それに、恥ずかしさが勝って呼べなかったし、甘えることもなかった。それが今はどうだろうか?普通にお姉ちゃんと呼ぶし子供のように蜜柑を剥いてもらっている。それだけ彼女と過した3年間が如何に濃かったのかがわかる。
「剥けたよ〜。はい、あ〜ん。」
あれこれ考えているうちに剥けたようだ。このお姉ちゃんはどうやら世話を焼くのが好きらしく、隙あらば甘やかしてくる。
「も〜。流石に自分で食べれ」
「えっ…」
しかし、この歳になって食べさせてもらうのはさすがに恥ずかしいので断ろうとした。その瞬間、今までご機嫌に蜜柑の皮を剥いていたのに、捨てられた子犬みたいにしゅんとして見ていて可哀想な雰囲気になってしまった。
「そうだよね。ちゃんと自分で食べられるよねごめんね。」
まるで自分が悪いみたいな空気が出ているが、蜜柑を食べさせてもらうのを断っただけである。なんともいたたまれなくなってしまったので自分は、
「…。やっぱり食べさせて欲しい…な?」
と言ってしまった。すると刹那にして顔が晴れやかに、元気になった様子でこちらに丁寧に剥かれた蜜柑を差し出してきた。
「はい、あ〜ん。」
「あ〜…」
自分に蜜柑を食べさせることが出来てご満悦といった様子だった。伊達に初手でお姉ちゃんと呼ばせてくるだけあって、この1回だけでなく次も食べさせる気満々で蜜柑を構えている。流石だ。
蜜柑を咀嚼しているとぽつりとステリアが言葉をこぼした。
「私ね、こうやって、穏やかに過ごせるのがね、すごーく嬉しいんだ。」
「初めて出会った時から、君はたくさん頑張っていたよね。だからこそ沢山おねえさんは甘やかしたくなっちゃうの。」
「だからね、君と一緒に居たいから、君のこと守らせてくれないかな?」
真っ直ぐにこちらを見つめ、ステリアは優しく微笑んだ。直後、「あらたまって言うと恥ずかしいね。」なんて吐露してから、また食べさせようとしてきた。自分はステリアから蜜柑を食べてからステリアに向き合って自分の気持ちを伝える。
「自分もステリアお姉ちゃんと一緒にいたい。だから、これからも強くなって守れるくらい強くなって、お姉ちゃんくらい大きくなる。その時はお祝いにぶどうジュース飲もうね。」
自分の気持ちを伝えるというのは想像以上に恥ずかしく、俯いて顔が発火しそうなくらい熱くなるのを感じた。ちら、と目線だけでステリアを見てみるとステリアは嬉しい様な感動している様ななんとも言えない表情だった。すると、不意に暖かく柔らかいものが当たった。ソレを理解するよりも先にステリアが言葉を発した。
「ありがとう。その気持ちがすごく、すごーっく嬉しいな。君と出会えて本当に良かった。」
「でも、無理するのはダメだからね?おねえさんと約束だよ?」
そう告げるとステリアは離れて小指を差し出してきた。それに答えるように自分の小指をステリアの小指と絡める。
「「ゆーびきーりげーんまーん。うーそついたら、はーりせーんぼんのーます。ゆーびきった!」」
君と一緒に
「なァ、相棒にとっての幸せって何だ? 」
そう急に投げやりで雑把な問いを投げかけて来たのは13。「なんで急にそんなこと聞くの?」と質問で返せば13曰く、いつか来る【死神として最高の施し】の為に聞いているそうだ。あぁ、何年か前にそんな約束もしたなぁと思いつつ自分の思う幸せを思い浮かべる。幸せとは、幸せとは、幸せとは…?
「なんかよく分からなくなっちゃったよサティ。」
「じゃあ、楽しいと感じた瞬間でも思い返して見れば何かわかんじゃねェか。」
楽しい瞬間ねぇ。と、楽しい瞬間と言われて思い返したのは13と一緒にバトルアリーナに行って始まってから家の鍵閉め忘れたり、シーズン中にランクアップして喜びあったり、ランクダウンして気まずそうに「俺は悪くない」と言ってたりと13と一緒に過ごした日々だった。
「…。なんだかんだでサティと一緒にいるのが1番楽しかった。かも?」
と言ったら、ニタニタと笑いながらぽんぽんと頭を撫でて「そうかよ。」と言ってどこかに行ってしまった。自分から聞いといてなんだよ…とは思ったけれど13の施しを楽しみに待つとしようと思った。
幸せとは
「なァ相棒。今年は初日の出、見てみねェか?」
と、気怠げに問いかけてきたのは。ふと思い返せば正月は大体バトルアリーナに行っているか、今のようにコタツで雑魚寝しながら駄弁っているかのどちらかだった。
「それもいいかもね」と返せば、何時もへの字の口でつまらなさそうな顔がぱぁっと光り輝いた様に笑った。
「約束だからな、相棒。寝たらボクちゃん拗ねちゃあう」
なんてまるで少年みたいに言うものだから思わず笑ってしまった。いつも正月は寝ないけれど、今年は楽しみで尚のこと眠れないなと思いつつ蜜柑を頬張った。