【ありがとう】
※【バイバイ】の続きです。【やさしくしないで】【誰も知らない秘密】も合わせてお楽しみ下さい!
どれくらい時間が経っただろう。
そっと顔を上げると、見慣れた戦闘服に涙の染みが出来ていた。僕は随分長いこと君の体に縋りついていたらしい。
ふと、頬を拭いながら気付いた。
泣いたのは、いつぶりだろう。
*
感情を押し殺して生きて来た。というか、知らない感情が多いのかもしれない。そう零したら、君はとても悲しそうな顔をした。でもすぐにいつもの顔に戻って、僕を見つめながら言った。
「じゃあ、僕が教えてあげるよ」
「は?」
悪戯を思いついた子供の様に笑う姿を見て、そのときは何を言ってるんだと思った。だって、20年近くそうして生きてきたんだぞ?理解されないことも多かったけれど、僕を理解してくれる人なんて必要ない。
今思えば、そんなのただの強がりだった。
君と出会ってから、みるみるうちに笑う回数が増えた。怒ったり、驚いたり、恥ずかしがったりと、とにかく忙しい日々だった。
でもそれがどんなに幸せで、どんなに特別なのかを、僕も、君も分かっていた。いつの間にか君は、僕の1番の理解者になってくれていた。その事が嬉しくて、でも伝えられなくて。そしてついに、戦争が再開してしまった。
*
ああ、
君は僕に、感情を思い出させてくれたんだ。
この感情を、僕はずっと前から知っている。
悲しみ。
寂しさ。
憎しみ。
それに、感謝。
ねえ、
僕は君の、大切な人になれた?
君の望みを、叶えてあげられた?
もっと早くに、伝えておきたかった。
「…ありがとう」
朱に染まった手をとって、ありったけの想いを込める。
閉じられた瞼から、一筋の光が伝った。
fin
【そっと伝えたい】
8時前、
いつものざわめき。
窓際最後尾で、
欠伸を一つ。
学級委員の声掛けに、
渋々応じる人の群れ。
目の前に座る彼女は今日も、
単行本に夢中である。
朝の日差しに照らされた背中に、
出来ればそっと伝えたい。
「寝癖、付いてるよ」
fin
【未来の記憶】
「ねえ、未来の記憶があるって言ったら信じる?」
と、柄にもなく言ってみた。
ファンタジー小説は小学生の頃大好きだったし、最近はSFものをよく読むが、あれはあくまでフィクションだ。
割り切って作品を楽しむ私が、現実にそれを持ち込んでみたくなった理由はただ一つ。
目の前にいる此奴の反応が見たかったから。
重い前髪と眼鏡の奥にある小さな瞳が、少し大きくなった直後、
「…矛盾してない?」
お前国語得意なのに、と付け加えて呟く様に思わず笑ってしまった。
質問に答えろよっ!とツッコみたいところだが我慢する。
そうだよなあ、私も思ったもんなあ。記憶って過去に起きたものに対して使うからなあ。
きっと此奴妙な思考回路持ってるから指摘に行き着いたんだろうなあ。
でもその不思議感が、物語を生むってのに。
此奴生粋の理系だわーと言いながら体を戻すと、そうですーと心なしか嬉しそうな声が返ってきた。
fin
実はこんなやり取りが出来そうな人がクラスにいます。勝手にモデルにしてごめんよ。
【ココロ】
コロリ、と何かが転がった。
よく見るとそれはハートの形をしていて、淡紅色に色づいている。けれどヒビ割れていて、所々灰色の汚れがついていた。
ああ、限界だったんだ。
僕はそれをそうっと拾い上げ、目の前で立ち尽くす女性に声をかけた。
「あの」
彼女はびくりと肩を震わせ、か細い声で返事をした。
「ココロ、落としましたよ」
動揺しながら僕の手にあるものを見つめた後、彼女の目から涙が溢れた。
「話、聞きますよ。実は僕、ココロ拾いが仕事なんです」
あそこの喫茶店コーヒーが美味しいんです、と微笑むと、彼女はふっと力を緩めように見えた。2人で店まで歩き注文を済ませると、堰を切ったように彼女が話し始めた。
仕事場に馴染めず、ちょっとしたいじめを受けていること。母親の体調が優れず入院することになったこと。費用の為に毎日働いていること。それが辛いこと。誰にも助けを求められずにいること。
それを僕は、黙って聞く。途中でやって来たコーヒーに口をつけると、彼女の顔に笑みが浮かんた。
話が一段落着くと、僕は魔法のように呟いた。
「貴方のココロは貴方だけのもの。他人が干渉してはいけないもの。もしもココロが傷ついて、どうしようもないときは、干渉されている証拠です。ココロに休憩を与えなさい。」
彼女はゆっくりと瞬きをし、腑に落ちたように頷いた。
僕はそっとココロを置く。本来の色を取り戻したそれは、音もなく彼女の胸に吸い込まれた。
ありがとうございました、と頭を下げる彼女を見送り、僕は仕事を再開させる。
頑丈に見えて、案外脆い。存在感が強いようで、案外忘れがち。そんな現代人のココロを拾い、戻すのが僕の仕事。皆さんはくれぐれも、ココロを落とさぬように。でももし落としてしまっても大丈夫。僕が必ず、拾いに行きます。
fin
【星に願って】
おほしさま、
わたしのゆめがかないますように。
おほしさま、
あの子が私を好きでありますように。
お星さま、
テストに知っている問題が出ますように。
お星様、
明日が晴れますように。
お星様、
いつだって私の願いを聞いてくれて、ありがとう。
fin