エリンギ

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【ココロ】

コロリ、と何かが転がった。
よく見るとそれはハートの形をしていて、淡紅色に色づいている。けれどヒビ割れていて、所々灰色の汚れがついていた。
ああ、限界だったんだ。
僕はそれをそうっと拾い上げ、目の前で立ち尽くす女性に声をかけた。
「あの」
彼女はびくりと肩を震わせ、か細い声で返事をした。
「ココロ、落としましたよ」
動揺しながら僕の手にあるものを見つめた後、彼女の目から涙が溢れた。
「話、聞きますよ。実は僕、ココロ拾いが仕事なんです」
あそこの喫茶店コーヒーが美味しいんです、と微笑むと、彼女はふっと力を緩めように見えた。2人で店まで歩き注文を済ませると、堰を切ったように彼女が話し始めた。
仕事場に馴染めず、ちょっとしたいじめを受けていること。母親の体調が優れず入院することになったこと。費用の為に毎日働いていること。それが辛いこと。誰にも助けを求められずにいること。
それを僕は、黙って聞く。途中でやって来たコーヒーに口をつけると、彼女の顔に笑みが浮かんた。
話が一段落着くと、僕は魔法のように呟いた。
「貴方のココロは貴方だけのもの。他人が干渉してはいけないもの。もしもココロが傷ついて、どうしようもないときは、干渉されている証拠です。ココロに休憩を与えなさい。」
彼女はゆっくりと瞬きをし、腑に落ちたように頷いた。
僕はそっとココロを置く。本来の色を取り戻したそれは、音もなく彼女の胸に吸い込まれた。

ありがとうございました、と頭を下げる彼女を見送り、僕は仕事を再開させる。
頑丈に見えて、案外脆い。存在感が強いようで、案外忘れがち。そんな現代人のココロを拾い、戻すのが僕の仕事。皆さんはくれぐれも、ココロを落とさぬように。でももし落としてしまっても大丈夫。僕が必ず、拾いに行きます。

fin

2/11/2025, 11:14:23 AM