この宇宙に、星として降る僕らを讃えよう
どんな君もあの真白い銀河へ溶け出すよ
星が愛している 君を愛している
心の灯りの落ちるところ その音を聞いてみて
君の答えがいつでも眠っているから
大丈夫
君は、星のなかにいるんだよ
「もう全部うんざりなんだ。
放っておいてくれ。」
限界は突然来たみたいだった。
気付いた時には音を上げていた。
よりにもよって、君に向かって。
一度言葉にすれば後戻りができなくなる。
淀みは着々と私を飲み込み、ついに怪物となった。
怪物は私が眠ることさえ許さなかった。
寝転がると奴の怒号が聞こえるから、致し方なくベッドに腰掛けていた。
どれ程そうしていたか分からない。
「いつまで篭ってるつもりなの。」
痺れを切らした君が扉を叩きに来た。
「放っておいてくれと言っただろう。」
「私は、何があっても君の傍に居たい。」
実に君らしい言葉だ。
それを救いと受け取る自分がもういない事を、まざまざと見せつけられているようだった。
「簡単に言うな。」
絞り出した声の全てが情けない言葉に変わる。
見限った君が扉を開けた。
私の様子を窺わずにはいられないのだろう。
合わせる顔などあるわけもなく、ただ床を見つめていた。
しかしその努力も虚しく、口からは皮肉が止まらない。
「入ってこないでくれ。」
「私は君が想像しているような人では無くなった。」
「こんな人間に構うのは、馬鹿のすることだと思わないか。」
君は何も答えない。
やがて秒針の進む音以外、何も聞こえなくなった。
いっそ私を一思いに罵ってくれ、頬でも打ってくれと本気で思った。
沈黙を破ったのはズンズンと近づいてくる足音だった。
君は私の足元で腰を下ろし、一つ呼吸をしてから口を開く。
「私が君と出会った日のことを覚えてる?」
そんな昔のこと、ちゃんと覚えていない。
静かに首を振った。
「私は覚えてる。丁度この季節の、今くらいの時間だった。
君は全てを背負い込むみたいな、思い詰めた目をしていた。私が近づくと、その目で私を睨んだだろう。
君を好きになったのは、あの時だったと思う。」
君は寡黙な私に反して、よく喋る方だ。
しかしこういった話は一度も聞いたことがなかった。
「私は君が美味しくご飯を食べてくれたら幸せ。
君の赤子のような寝顔は、私の1番の癒しだ。
でもね、」
明け透けでいて実は強情な君が、大事に隠していた秘密。
「私はあの顔が今でも忘れられない。」
迷いのない声が私の耳を射抜く。
君は祈るようにして私の手を握った。
「顔を上げてよ。
きっと君は今、あの時と同じ目をしている。」
重たい重たい首が、自然と伸びていく。
視界が鮮明になる。
久しぶりに肺を使って息をした気がした。
君が優しく微笑みかけている。
それはいつもと変わらない笑顔だ。
悪趣味だな。
私はか細く文句垂れたあと、堰を切ったように泣いた。
癒着し合っていたものが分離する時、お互いが綺麗に分かれて剥がれ落ちるなんてことは不可能で、大抵の場合もう片方の内容も多かれ少なかれ巻き込まれる。
道連れとでも言わんばかりに、一緒に雪崩落ちてしまう。
「埋まらない心の穴」はこうして作られるのだと思う。
離れたくないのは、剥がす時が痛いから。
剥がせば自分ごと持っていかれそうだから。
手放すのが怖いのは仕方ない。
危ない!!
ギィーーー、ガッコン。
頭上から鈍い音がした。遠くにいるサラリーマンがこちらに向かって何か叫んでいる。見上げると巨大な塊がゴンゴンと、ビルの壁に体当たりしながら迫ってきていた。塊は明るい緑色をしていた。このビルの4階にある歯科クリニックと同じ色。そういえば半年前くらいに、虫歯の治療でかかったことがあった。貰った診察券を見て、この色ダサいなあと思った覚えがある。最近になって今度は反対側の奥歯が痛み出したから、近いうちまた行こうと思っていたんだ。
ああこれ、看板か。
そこのクリニックの看板なんだ。
4階から落下してきているのか。
僕に向かって。
「ははは、嘘だろ。」
この後待ち合わせなのに、どーしよ。
穏やかな昼下がり。
春を知らせる強風の中、
重たく、それは酷い轟音だった。
「淹れすぎたから。」
両手に持った珈琲の一つを君の手元に置いた。
「ありがとう。」
君はそれをほんの一口飲むと、いまだに埋まらない白紙との睨めっこを再開した。
ポーン。
時計の針が一周する合図。君の耳には届いているのだろうか。
ギィ、ギィ。
いつまでも腰掛けられている椅子の背もたれが、悩ましげに揺れる。
僕はここ数日、この音ばかり聞いている。
君の凝り固まった背中と、皺の寄せられた眉間ばかり見ている。
「一仕事終えたから休憩するけど、君も一緒にどう?」
うん。とも、ううん。ともつかない曖昧な唸り声が返ってきた。
君はまだ振り返らない。
はあ、全く。
僕も背を向けて、ドアノブに手をかける。
扉を開けると、ふわりと甘い香りが部屋に舞い込んだ。
「えっ!?」
驚く声と共に、勢いよく椅子から立ち上がる君。
「そろそろ焼けるみたい。レモンケーキ。」
隈の広がった目が、途端に子供のように輝き始めた。
僕は君の肩の力を抜く方法を知らないけど、
君が飛び跳ねるほど喜ぶ方法は知っている。
なに、僕も久しぶりに食べたいと思っていただけだ。