─── 裏返し ───
狂っているのは世界の方で
僕の頭は正常なんだ
そうだよね先生
いつもの薬もいつもの検査も
僕が間違ってない証明をする為なんだよね
先生だけなんだ
僕を信じて正当化してくれているのは
お願いだから
僕の存在を否定しないで
お願いだから
私達を消さないで
─── 鳥のように ───
いつからかここに居た
始まりの記憶はあまりない
いつも綺麗に着飾らされて
時折ふと窓の外を眺めていた
そのたびに聞かれた
外の世界へ行きたいかと
私の答えはいつも同じ
黙って首を横に振る
そんなこと考えなかった
考えてはいけないと思ってた
そして何事もなかったように
また君へ話しかける
幾つもの季節が巡ったある日
誰かが私を連れ出しに来た
いつからかここに居た
最後の記憶ははっきりある
そこにはもう私は居ない
─── さよならを言う前に ───
帽子をかぶり
ジャケットを羽織る
手荷物は鞄ひとつ
ふと振り返り自分の部屋を見渡す
断捨離だと言って殆どの物は捨てたから
実に寂しい部屋だ
なんとなく一礼したくなった
なんでだろう
これから自由になるのに
誰にも何にも縛られなくなるのに
少しだけ名残惜しく思いながら玄関へ行き
お気に入りのスニーカーを履き
気持ちと一緒に靴紐をきつく結んだ
嬉しいような寂しいような
複雑な想いを胸に外へ歩き出した今日
私は人としての道を踏み外した
─── 空模様 ───
ここ数週間ずっと空がへそを曲げている
時期的に仕方のない事なんだけれど
どうしても気分がくさくさしてしまうね
そろそろお日様が恋しいやつらも増えてくる頃だ
あまりやりたくないんだけどな
溜め息をひとつ吐き
膝の上の猫を床へ下ろし
椅子から立ち上がり
雨が降る外へ歩き出す
暗い空を見つめ片手をふわりとかざし撫でる
途端に雨雲はゆっくりと消え失せ
暖かな光が降り注ぎだした
天気は自然の贈り物
人工的に操るものじゃないんだけれど
たまにはね
眩しそうに目を細めながら
家までのぬかるんだ道を戻っていく
─── 鏡 ───
父譲りの綺麗な髪
母譲りの陶器のような肌
とても美しい娘だとみんなは言う
それなのに
私は自分を見たことがない
家には鏡と名の付くものはひとつもなかった
両親に何故ないのか聞いても
買って欲しいとねだってみても
意味がないからと取り合ってくれない
だから内緒で買ってきたの
とても私好みの可愛らしい手鏡
帰宅してから覗いてみようと
その場で我慢するのが大変だったわ
両親が寝静まったあと
自室でこっそり鏡を覗き込む
数十秒見つめた次の瞬間
私は悲鳴をあげて手鏡を床に叩きつける
覗いた鏡には私の部屋しか映っていなかった