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黄昏のキス (お題:Kiss)
デートの帰り道、手を繋いでいた彼が突然歩みを止める。
「どうしたの?ニキ」
「🌸ちゃん、ちょっとこっちに来て欲しいっす」
🌸がニキと呼んだその男はしっぽ髪を揺らし、人通りのない路地裏へと私の手を引いた。
「えっと…路地裏に何かあるの?」
「僕がいいと言うまで絶対にこっちを向かないで欲しいっす」
路地裏は薄暗く、そして逆光になっていたこともあり彼の表情はよく見えなかった。
私としては何の意図を持ってそう言ったのかが分からなかった為少し怖かったが、ふわっと後ろから抱き締められたことで、そんな不安はすぐに吹き飛んだ。
ニキは暫く私を吸収するようにそのままでいたが、私の髪の毛を片側に避けたと思えば美味しそう、などと呟く声が聞こえた。
あ、これはやばいかも。もしかしてこれ捕食対象として見られてる?
ふとそう思ったが、いや彼は人間だ。幾ら普段からお腹を空かせているとは言っても、共喰いなんてしないだろうし、と頭をよぎった考えを否定していたその時。
ニキは、ちゅ、と🌸の項に口付けを落とした。それは一瞬で、とても軽いものであったが、そのたった一瞬の出来事は🌸の鼓動を速めた。
「もういいっすよ」
緊張しつつ彼の方を振り向くも、いつもの彼が立っている。
突然何だったんだろう、という疑問は残るが、私もドキッとしたのは事実だしと気にしてないのを装い、再び手を繋いで帰路に就く。
アスファルトに落ちた2つの影。彼の影が揺らいで一瞬別の形になって、また元の影に戻った。
彼は一体何者なのか、その正体を知るものは居ない。
皆様も黄昏時にはご注意を――。
#.hpmiプラス 📚
「1000年先も」
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「ねえ」
――私たち1000年先も一緒に居られるのかな。
机に向かう男に声をかけるも、後に続く言葉は声にならず、口を閉ざした。
人間の平均寿命は84年と言われているが、現在は医療が発達しているため、健康であれば100年近くは生きるだろうと言われている。
それでも100年。1000年には到底及ばない。
こんなにも貴方のことが好きだと言うのに、寿命というものが邪魔して永遠に一緒、なんて言うことは有り得ない。それが酷く悲しく、私の頭をおかしくさせる唯一の悩みだった。
目の前の男は筆を置き此方を向けば、口を閉ざした私をじっと見つめ、口を開いた。
「何ですか?」
「ううん、なんでもない。」
「考えていたことを当てましょうか――1000年先も一緒に居られるのか、違いますか?」
ああ、見透かされてる。流石彼だ。私のことをよくわかってる。
「違わない。この先1000年、ううん、その先もずっと、例え死んでもその先にある天国だか地獄だか、はたまた来世でもこうして恋人であればいいのにって。それなのに寿命が邪魔をするの」
「小生は愛されてますね。勿論小生もそうありたいと思いますよ」
「だって幻太郎は私がずっとずっと片思いしてた相手だよ。どんなに手を伸ばしても届かなかったけど、やっと捕まえたんだもん。簡単には手放さないよ」
幻太郎――私がそう読んだ彼は小説家だ。そんな彼がFlingPosseというチームを組んでラップを始めた時はとても驚いた。
私はずっと彼の書く文章に惹かれ、新作が出ると必ず購入しに本屋まで足を運んだ。
それだけでなく、何度もサイン会に足を運び、チェキを撮り、何とかして連絡先を交換することに成功して今に至る。
「おや、その気持ちは小生も負けませんよ。貴女を見かけたその瞬間から、小生はいつも貴女のことばかり考えていたんですから」
そう言うと幻太郎は微笑んだ。
もしかしたら、もしかしたら幻太郎となら不可能を可能に出来るかもしれない。
例えそれがどんなに不可能だと笑われても、それを夢見ることくらいは許して欲しい。それくらい好きだから。